第5話「海」

 好きな人が出来た。確かに、視線があった。

 前に進むことがこんなに苦しいことなのだろうか。何となく追っていた彼女の姿は私にとって無駄に支度はない。全部自分であることが少し憎かった。道端に落ちてる花のように私は知らぬ間に居たもので良かった。けれど干渉したくなって、不可能では無いはずだと考える私を恥じた。今なら死ねるかもしれない。それくらいの距離なのだ。なにより彼女は雨に濡れていても愛くるしいのだから。

 

 

 (由美子)

 夏休みだと言うのに。嫌に私を渇望する。夏の残暑は慣れたものだった。重ねる歳月は美しいのだけれども私の空虚を埋めてくれるものではなかった。夏休みの宿題なんて忘れて私は蝉の音につられ、行きつけの喫茶店へと足を運んだ。一匹狼のつもりだったが学校での私と対照的にそこに移る私は何かを求めては追いかけていた。

 ガランガラン。喫茶店の鐘の音が鳴る。

 私は少し緊張した面持ちで、店主の出迎えに答えた。

「いらっしゃい。」

 白髪が少し生えた店主は、眉間に皺を寄せて、じっと私を見たあと、コーヒーミルに目を落とした。

「ブレンドコーヒー1つ。」

 いつも座る窓際の席で私は慣れたように注文をした。ここは遠くまで見えるようで少し空間にゆとりを感じるのだ。

 かすかに揺らぐ窓際の声。私はここが好きだ。コーヒーが出てくると、暖かいその優しい苦味に封じられて心を満たした。一滴の少女涙のように何故か染みるのだ。

 少し経って、黄昏ていると、鐘の音が鳴った。ガランガラン。

 不意にそっちの方を見た。そこに映る姿に私は感嘆した。ニコニコ微笑んでこっちを見てくる少女。それは、瑞希だった。

 

 私「はぁ。なんでここ知ってんの?」  

 瑞希「ここ、私も行きつけなんだ。」

 私「そうなんだ。てか、私もって、瑞希、私がここによく来るのなんで分かるの?」

 瑞希「・・・、不思議と由美子がそこに行くの見かけてて、追いかけてた、、。だから。

 ストーカーみたいでごめん。」

 私「そうなのね、流石にびっくりだけど、まーいっか。けれど、瑞希って私の事好きなの?笑笑」

 瑞希「…。そうだとしたら?」

 私「冗談でしょ。笑笑 女の子同士なんだから。笑笑」

 私がふざけた口調で彼女を馬鹿にしていったけれど、彼女は赤面して視線を逸らした後に、私の目をじっと見てきた。

 瑞希の目はビー玉みたいで何故だか引き込まれるのだ。綺麗にも程がある。そして、何よりも羨ましい。

 

 空虚なこの駄作的存在も瑞希といると、新しいことが多くて楽しいと感じた。

 白鳥のように飛べないが私にはきっとブラックデビルのような羽が生えていつか飛べるはずだ。そう信じたい。否応に惹かれた心の閾値も途方もなく過ぎ去るのだとしたら、今だけは瞬間で居させてほしい。そう思った。

 

 瑞希「アイスティーをひとつお願いします。」瑞希はここの場所でなにを頼むのかと予想を立てていたがななめ上を言った。コーヒーが美味しくて有名なはずだが彼女はアイスティーというどこのチェーン店でも飲めそうなものを頼んだからだ。ズレにも程があるでしょ。私は彼女の着ていたピンクのブラウスに目を落としてふと思い出した。バドミントンの時のことを。いや、最初の日のことだ。

 寝るのが怖い私は、いつの間にか不眠が当たり前になっていて、コーヒーのカフェインを鎧のように着ていた。彼女と出会ったあの日は、突拍子もないただのガラクタだった。けれども今この瞬間は木々の音やセミの鳴き声よりもコーヒーの香りと、アイスティーを飲む彼女の姿に釘付けになってしまうのだ。それは機械ではないし、それは特別ではない。8月の夏はとてもスイカ割りどころではなく、

 何かを言い出そうとする彼女の仕草を身構えてただ聞いた話というものを。

 

 私「それでなんで同じ席座るんだよ。」

 瑞希「えー。だってさ、1人で寂しそうにしてるじゃん。」

 私「あんたに言われたくないわ!まー。でも店主の目あるしいいけど。別に。」少し胸が弾む、いやこれは違う嫌悪に違いない。

 

 コップに入ったアイスティーの氷を掻き混ぜてカランカランと音が鳴る。

 ニューヨーカーなのか彼女はストローをガミガミと噛んでいて不快な部分があったが、ガラス玉のような反射する目によって綺麗な絵になっていた。

 

 瑞希「ねー。あのさ、今度さお泊まり兼パーティしない?」

 

 私「え?なに急に。てかそもそも何処でやるの?もしかして、私の家とか言わないよね?」

 

 瑞希「えーっと。海の近くにある私の祖母の家。」

 

 私「えーー?そんなの悪いよ。てかあんたちゃんと許可とったの?」

 

 瑞希「取ったよ。てか、最近そっちに住んでるんだ。」

 

 私「え、なんか悪いよ。私人様のお家でお泊まりとか申し訳ないし、そもそもあんたの祖母の家でしょ?」

 

 瑞希「うん。」

 

 私「大丈夫なの?」

 

 瑞希「お願い。来て欲しい。」瑞希は、すこし不安そうな顔をしたあと、甘える声で言った。

 

 私「分かったよ。なんか悪いけど。もしお邪魔させて貰えるならなんか持ってくね。それと、襲ってこないでね。あんた変態な目してる。」

 

 瑞希「期待したの?笑笑 来てくれるなら嬉しい!私さ、こう見えて、お泊まり会とか初めてなんだ。修学旅行とか行ったことないし。」

 

 私「え…。そうなの、意外だった。すごく誰とでも話してて元気、そしてバカで風邪ひかないタイプかと思ってた。」

 

 瑞希「笑笑。それは酷すぎ笑笑。私のことなんだと思ってるの?」

 

 私「ビー玉。」

 

 瑞希「なにそれ、笑」

 瑞希は何だか不思議そうに首を傾けて微笑んだ。可愛い、、。不意にそう思ってしまった。友達として空虚なものをぶち壊してくれるような者なのかもしれないが、私の中に確かに拍動としてアラームが鳴った。

 

 

 約束をして、家に帰ると、坂道すら重圧よりもコーヒーくらい透き通る世界だったのか変な回想ばかりした。とても瑞希といることに沢山の可術が私という空っぽを照らしたのだ。流石の万年不眠症も今日だけは寝られた。勉強を疎かにするなという母の声を無視して、ベッドに身を委ね明日を望んだ。

 

 

 数日後、予定の日が来て私はピッキングした最低限の荷物を握りしめて沈んだ硝子機械のように夏の坂道を歩き、待ち合わせの場所へと向かった。

 

 そこに着くと、駅なのだが夏の昼間ともあって田舎は人がいないからか、島だからか、シーンと静まり返っており、彼女の姿は見られなかった。近くを見渡してもいない。少し不安になった私は電話を何度も鳴らし、うろちょろうろちょろと、駅前をぶらついていた。

 言葉が物理法則を抽象化できるツールだったとしたらこの痛みも抽象化できるに違いない。腹立つという感情は久しぶりなのだが、この毒群青も壊した言葉のように区別できたらなと思いながら、彼女が来るのをひとりベンチで待っていた。すると足に擦り傷と顔に痣、腕に打撲痕がある泣いた後の面をした黒髪の少女が今にも死にそうに立っていた。

 私は咄嗟に抱きしめた。彼女は泣いて泣いて。何かを訴えるかのように。しがみついたのだ。周りには誰もいない夏の冷たい態度の中で。

 

 私「どうした…?」

 

 瑞希「ごめん。すごく遅れちゃって。この傷のことは気にしないで。」

 

 私「教えて。嫌なのは分かるけど理由も知りたいし。あと、これから楽しい楽しいお泊まり会の予定なんでしょ?放っておけない。」

 

 瑞希「私、親とあんまり仲良くなくて、祖母の家に逃げてるんだけど、それがバレて怒られた。後、進路のことで揉めた。でも私は大丈夫。心配しないで。」

 

 私「え、そんなことがあったのね。ごめん。気づいてあげられなくて。少しだけ消毒剤とか持ってきてるから、そこ座って。」

 

 瑞希「うん。笑笑 ありがとう。けどなんか意外、そんなもの持ってるなんて。」

 

 私「少し染みるけど我慢して。

 私だって女子力あるし、これでも文学少女のつもりなのよ。笑」

 

 私「少し落ち着いた?電車乗って行こっか。てか、そもそも祖母の家大丈夫なの?なんかさっきバレたとか言ってなかったけ?」

 

 瑞希「大丈夫。なぜなら出張で行っちゃったから。」

 私「そうなのね、わかった」

 私は、不安に苛まれて嫌なことばかり考えながら、今はダメだと、彼女の手を強く握りしめて歩き出した。

 

 電車は1日数本なので、不便なのだが、電車から見える景色がとても綺麗で私は好きだった。苦しみに溺れて我を忘れそうになっている彼女を見ると放っておけなくなる。私にも善意があるのか、彼女の親に腹が立った。

 電車に乗っている最中は彼女の細い手を繋ぎながら苦しみに疲れた寝顔を特権のように喰らった。見惚れて、もう好きだったのかもしれない。繋がれた指の一本一本を数えて数えて、私が知らない何かを探しつづけた。少し伝わる熱が削がれる日常を華やかに彩るようで怖くなったが、その手を離せなかった。

 終点。次は終点の〇〇駅。

 電車の放送が鳴る。微かに千切れそうな夏の蝶の羽がいまここだと教えてくれたような気がした。照れた面持ちの彼女は目を少し擦った後私に「ありがとう。」と言った。

 

 家までの道は海沿いを歩いた後見慣れない風景の中に光が灯ったような気がした。傾斜道を歩くと、瑞希の祖母の家があった。すごく趣があって、小説に出てくるようなロマンを私に見せてくれたようだった。

 

 私は至って普通の家に住んでいる。きっとそうだ。けれども彼女はなんだか重く突っ込むことすらままならない事情があるように見えた。彼女の祖母は、温厚な方で、私を快く受け入れてくれた。

 瑞希がここに置いて、と言うので荷物は一階の端っこの部屋に緊張しながら置いた。

 歯車が狂った時計かのように時間の流れが変にゆっくりで華奢な私ですら溺れて無くなるのかと恐怖を感じたが、彼女が、私を連れていくように魔法を施した。

 

 海へは傾斜道を通る。だからここは彼女にとって夏の階段であるのかもしれない。辛い日々を癒す夏であるということの。

 

 手を引っ張るのは私の方ではなく、瑞希であった。瑞希は身長小さいのだが、足だけは早いので犬に散歩される飼い主のようになってしまった。

 疲れを吹き飛ばすほどの地平線に私の瑞希は言葉を失った。

 瑞希「不思議だね、なんでこんなにも釘付けになるんだろうね。私さ、由美子が来てくれてよかった。本当にありがとう。」

 波の音と微かに聞こえる悲鳴が習いたてのピアノかのように不協和音を掻き立てる。

 救えるような救わないようなただの子羊的偽善者であることを示して、私を苛立たせた。

 海に甲高く私は叫んだ、思い出せないだろうが海は記憶するであろう。

 遠くにいる私と君へ、愛という名の冒涜を。

 

(瑞希)

 夜になると、ここらは単純な痛みすらわからなくなったということを知らせるために、目を瞑っても嫌なことだけ反芻する。話しかけ慣れてるわけではないんだけれど、クラスでの立ち位置はうまくやっている方だと思っている。いや、そうであってほしい。私の家庭環境は勿論、最悪なのかもしれないが、私は祖母の家だけは大好きであった。

 

 隣に映る彼女の姿が私を余計幸せへと連れ去って、このまま永遠であればいいのに。そう思うほど、滑稽な楽観者になった。届かない距離、友人であると彼女は思っているのだろう。けれど、私は、それじゃ満足できないほどに気持ち悪い人間になっていた。触れたいと思ってしまう。相補的な知識ではなく相対的な行動に意味があるように、私も近づくことに意味があると思いたかった。


今日は彼女が祖母と夕食を作ってくれた。料理ができることには驚いたが、とても美味しかった。

たとえフィルターがかかった味だとしても、保存しておきたい。布団は隣に敷いて、夏の音を聞きながら。遠くなる日々を逃げ惑う私たちが、繋がっていられる瞬間。愚弄の淵を泳げずに潰された果実。私たちは似たもの同士なのかもしれない。きっとそうだ。きっとそうでなければ、その白い肌を追いかけたりはしないから。


数センチ先にいる黒髪の少女を、私のものにしたいと思った。匂いが私を余計に惹きつけ、惑わせる。コーヒー好きって、おしゃれだな。なんかかわいい。色々と考えた。足りない、形のない歌詞で朝まで私たちは過ごそう。大丈夫、そう信じて。私は寝顔をそっと見た後、


私「おやすみ。」小声で呟いて、彼女の唇にキスをした。甘くて苦いキスを。溶けるような夏に溺れた硝子を縁どって。

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ゆらぎ 桂 燦義 @mikariza

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