彼を探して

紅野素良

いつも彼を探している。

 僕は、いつも彼を探している。


 『世の中には自分に似た人が3人いる』と言われている。

 トッペルゲンガー。そう呼ばれる人物と出会ってしまうと、不吉なことが起きるだとか、死んでしまうだとか、消えてしまうだとか、様々な言い伝えが残されており、今もなお根強く残る都市伝説である。


 そんな、ある種の死神に近い存在である彼に、僕は出会ったことがある。


 あれは、今から三年前の、ある夏の日だ。最近の夏と比べれば、幾分涼しかったように思う。

 何の用事だったかは忘れたが、その日の僕は、東京に足を運んでいた。

 僕はゆっくり歩くのが好きだ。時間は、僕の歩みとは無関係に進んでいる。僕がどれだけゆっくり歩こうと、時間は速度を緩めることはない。それでも、時間の速度に抗うように、僕はゆっくりと進みたい。

 でも、都会の人の歩みは僕の思いとは裏腹に、時間を追い越していくように、慌ただしく動いている。

 まるで生き急ぐかのように、時間と競争しているかのように。

 時間の速さに辟易した僕は、人の波から外れるように裏路地に入り、行く当てもなく大都会の街を彷徨っていた。


 気が付けば、住宅街にある大きい横断歩道の前に立っていた。

 近くに小学校でもあるのだろう。押しボタン式の信号は、子供の背に合わせて低い位置に設置されていて、僕はそれに気が付かないでスマートフォンをいじっていた。

 後から来たおばあさんが、押しボタンを押してくれたことで、初めて顔を上げた。

 おばあさんに会釈をし、スマートフォンから目を外して、前を向く。向かいには、小さな子どもと手をつないだお母さんと、有線イヤホンを装着した、僕と同じくらいの背丈をした男の人がいた。

 向かいとはかなり距離が離れていて、お母さんと手をつないだ子どもが何か話しているのだが、その内容までは聞こえてはこなかった。


 それなのに、彼の顔だけは、何故だがはっきりと見えた。


 彼は、探し物を見つけたような顔で、こちらを見ていた。

 お互い、完全に目が合った。なのに、僕の脳は彼の顔を認めたくないかのように、認識するのを拒んでいるようだった。

 「あ」という彼の声が聞こえた。

 とても違和感のある、なんだか恥ずかしい声だった。

 そんな声が聞こえたと同時に、トラックが僕たちの目の前を勢いよく横切った。

 思わず一歩下がった。風と音が、進んでいく。

 トラックが通り過ぎたときには、彼はもう、そこにはいなかった。


 これが、彼との最初で最後の出会いだった。


 きっと、彼は僕だったのだ。そう思えてしまうほど、彼は僕にそっくりだった。

 こうして、僕は意図せずとも、トッペルゲンガーに出会ってしまった。

 だから、彼は消えてしまったのだ。まるで、僕と彼との間に見えない競争があったかのように。きっと、僕は負けたのだろう、彼は僕よりも速く、時間の先を歩いていたのだ。


 ただ、こうも考える。

 彼は本当に存在したのだろうか。僕が作り出した幻なのではないだろうか、と。

 だって、彼が本当に消えてしまったのなら、彼が今まで過ごしてきた時間や経験はどうなってしまうのだろうか。もしも、消えてしまったのが僕だったとしたら?僕が今まで過ごしてきた時間は、幻になってしまうのだろうか。


 その答えを知りたくて、今日も僕は彼を探している。


 人通りの少ない道を足早に進みながら、歩きスマホで聞いているプレイリストを変える。彼と出会ってから、有線のイヤホンで音楽を聴くようになった。音楽と繋がっているような気持ちになれるから、僕は好きだ。



 さて、この顔を上げるとき、今度はなにが見えるだろうか。



 時間は、進んでいく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼を探して 紅野素良 @ALsky

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ