第21話 不可能ミッション『クロノス』

有栖川ナギから叩きつけられた、理不尽で、奇妙な『試験』。

俺たちは、再びミコト先輩の部屋に集結し、モニターに映し出された中央時計塔の設計図と、その鬼のようなセキュリティシステムを前に、頭を抱えていた。


「……結論から言うわ。不可能よ」


司令塔役のミコト先輩が、いきなり白旗を上げた。


「24時間体制の動体検知センサー、赤外線による熱源探知、内外に設置された監視カメラは合計32台。警備員も2時間おきに、必ず二人一組で巡回する。物理的にも、電子的にも、完璧な要塞。アリ一匹、侵入は無理ね」

「くそっ……!」


獅子堂先輩が、苛立たしげに机を叩く。


「だったら、俺が正面から突っ込んで、警備員もカメラも全部ぶっ壊してやる!」

「それじゃ、『誰にも気づかれずに』っていう、一番大事な条件をクリアできないでしょ、この脳筋ゴリラ」

「んだと、コラァ!」


ミコト先輩と獅子堂先輩が、いつものように睨み合う。

部屋の空気は、最悪だった。


「……あの、デジタル面に関しては、僕に一つ、考えがあります」


その空気を破ったのは、風間くんだった。


「巡回と巡回の間の、警備員が最も油断する時間帯……深夜2時から4時の間。その時間帯を狙って、僕が外部からサーバーに干渉し、監視カメラの映像を、5分間だけ、ループさせます」

「……5分!」


ミコト先輩の目が、カッと見開かれる。


「ええ。それが、僕の技術で、警報を発動させずにいられる、限界の時間です」

「5分か……。その間に、時計塔に侵入して、目的を達成しろってか。無茶だぜ……」


陽太が、青い顔で呟く。


「いや、やれる」


俺は、全員の顔を見渡した。


「役割分担すれば、5分で、やれるはずだ」


そこから、俺たちの、無謀な作戦会議が始まった。


「まず、陽動だ。俺と陽太で、時計塔から一番遠い、第一体育館の裏で、派手なケンカ騒ぎを起こす。通報を受けた警備員のほとんどが、そっちに向かうはずだ」


獅子堂先輩が、不敵に笑う。


「その隙に、風間がハッキングを開始。カメラを5分間、ループさせる」

「その5分で、私とユキナリが、時計塔に潜入するわ」


ルナ先輩が、真剣な表情で続ける。


「内部の赤外線センサーは、私がなんとかする。バレエの動きを応用すれば、センサーに触れずに、体重をかけずに、床を移動できるかもしれない」

「すげえ……」

「そして、目的の機械室に到達し、クロノメーターを修正する。完璧な計画じゃないか!」


陽太が、興奮して叫んだ。

そうだ。これなら、やれる。不可能じゃない。

全員が、希望の光を見た、その時だった。


「……待って。最後の問題が、一つだけあるわ」


ミコト先輩が、冷たく、その希望に釘を刺した。


「え……?」

「時計塔の機械室。そのドアは、最新の電子ロックと、旧式の、極めて頑丈な物理キーによる、二重ロックになっている」


彼女は、一枚の人物写真を、モニターに映し出した。

そこに写っていたのは、深く刻まれた皺と、何を考えているのかわからない、鋭い目つきの老人だった。


「そして、その物理キーの唯一の所有者が、この人。用務員の、ゲンゾウさん」

「……用務員さん?」

「ただの用務員じゃないわ。彼は、この学園の創立当初からいる、生き字引のような人。学園の誰の言うことも聞かず、理事会とも平気で対立する、学園一の頑固者として、あまりにも有名よ」


風間くんが、補足するように付け加える。


「彼のデータ、ほとんどありません。わかっているのは、権力と、馴れ合いが、大嫌いだということだけです……」


全員が、言葉を失った。

そんな人物から、どうやって鍵を借りる?

金も、権力も、脅しも、一切通用しない相手。

俺たちの作戦は、最後の最後、たった一本の、古びた鍵によって、阻まれてしまった。


重い、重い沈黙。

誰もが、諦めの色を浮かべていた。

俺は、静かに立ち上がった。


「……俺が、行きます」


その声に、全員が、ハッとして俺を見る。


「無茶だよ、ユキナリ! 門前払いされるに決まってる!」


陽太が、俺の腕を掴む。


「でも」


俺は、彼の目を、そして、仲間たちの目を、一人一人、順番に見た。


「他に方法がないなら、やるしかない。話してみなきゃ、何もわからないじゃないか」


俺は、覚悟を決めた。

ミコト先輩から、ゲンゾウさんがいつもいるという、校舎裏の小さな用務員室の場所を聞く。

夕暮れの赤い光が差し込む廊下を、俺は、たった一人で、歩き始めた。

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推しとファンの公式CP制度がある学園で、俺は最強の推しの『仮の恋人』に選ばれてしまったらしい 境界セン @boundary_line

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