第20話 幻影の奇妙な試験
「……その盤面、見せてみろ」
幻影の、初めての要求。
俺たちは、戸惑いながらも、彼の周りに集まった。
風間くんが、緊張で震える手でノートPCを開き、モニターを有栖川ナギに向ける。
「こ、これが、黒瀬レイ先輩によって改変された、『エトワール・フェスタ』のルールです。そして、こちらが、彼の父親が理事を務める、学園の権力構造の相関図で……」
風間くんが説明し、ミコト先輩が補足し、俺が、俺たちの絶望的な状況を語る。
その間、有栖川ナギは、一度もこちらを見なかった。
ただ、手元のゲーム機のボタンを、ピコピコと押しているだけ。
時折、その指が一瞬止まるのが、彼が俺たちの話を聞いている、唯一の証拠だった。
長い、長い説明が終わる。
部屋には、ゲームの電子音と、俺たちの固唾をのむ音だけが響いていた。
やがて、ナギのゲーム機から、ファンファーレのような音が鳴り響く。ステージを、クリアしたらしい。
彼は、ふう、と小さな息を吐くと、初めて口を開いた。
「……アーキテクチャは、粗悪だね」
その声は、感情の起伏が一切ない、フラットなものだった。
「バックドアが丸見え。『家格ポイント』なんていう変数も、実装が雑すぎる……素人の仕事だ。でも、ソーシャル・サイコロジカルなロックイン……つまり、生徒たちを精神的に縛り付ける仕組みは、まあまあ、エレガントかな。アマチュアにしては、10点満点中、7点くらい」
彼は、俺たちの絶望を、まるで出来の悪いゲームでもレビューするように、淡々と分析した。
「なっ……!」
その態度に、獅子堂先輩のこめかみに、青筋が浮かぶ。
「テメェ、人を馬鹿にしてんのか! それで、このクソみたいな盤面を、ひっくり返せるのか、ひっくり返せねえのか、どっちなんだ、ああん!?」
「……君たちの問題は、興味ない」
ナギは、あっさりと切り捨てた。
「君たちの言う『勝利』なんていう変数は、僕にとっては意味がないから。でも……」
彼は、初めて、その虚ろな瞳を、俺たちに向けた。
「このシステムそのもの……この歪んだ『パズル』は、少しだけ、解き明かす価値があるかもしれない」
「……!」
「だから、試験をする」
彼は、ゲーム機をスリープモードにすると、ゆっくりと立ち上がった。
そして、天文台の窓から、学園のシンボルである、巨大な時計塔を指さした。
「あの中央時計塔。あそこのクロノメーター……つまり、時計の心臓部が、482日前から、0.13秒、ズレてる」
彼は、心底、不快だというように、眉をひそめた。
「醜いエラーだ。システムの中の、不純物。僕の美学に反する」
「……は?」
「それを、消して。誰にも気づかれずに、完璧に。時計塔のシステムをハッキングして、その0.13秒のズレを、修正しろ。制限時間は、48時間」
俺たちは、全員、言葉を失った。
時計の、たった0.13秒のズレ?
それが、なんだって言うんだ。
「もし、君たちが、その小さな、完璧なバグを修正できたなら……君たちが抱えている、その大きくて、醜いバグも、僕が修正してあげなくもない」
ナギは、そう言うと、再び床に座り込み、ゲームを再開してしまった。
もう、俺たちなど、存在しないかのように。
「……時計、だと……?」
陽太が、呆然と呟く。
獅子堂先輩は、怒りを通り越して、呆れている。
だが、俺は、わかってしまった。
「……違う。彼は、俺たちを試してるんだ」
全員の視線が、俺に集まる。
「チームとしての、連携力。隠密行動をやり遂げる、実行力。そして、常識外れの発想ができるか……。これは、彼の出す、入団試験なんだ」
「……なるほどね」
ミコト先輩が、厳しい顔で頷いた。
「そして、とんでもなく、難易度の高い試験だわ。あの中央時計塔は、学園のセキュリティが最も集中する場所。24時間体制で、物理的にも、デジタルの世界でも、完璧に監視されている要塞よ」
俺たちは、天文台の窓から、夕日に染まる時計塔を見上げた。
それは、まるで、俺たちの前に立ちはだかる、次なる巨大なボスモンスターのように、不気味な威圧感を放って、そびえ立っていた。
「……48時間」
ルナ先輩が、俺の隣で、決意を込めて呟いた。
「面白くなってきたじゃない。やってやりましょう」
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