エピローグ
お兄さんに無理やり連れてこられた場所は東京国際展示場、通称ビッグサイト。イベント後に買い物をした場所というのはお台場だ。古い記憶で土地勘がなければ同じ空間にあると認識していても不思議ではない。そして三年前といえばちょうど「ソーサリー・スピリッツ」の世界大会が開かれている。
相談を受けた時から真っ先に消していた可能性。それがまさかいろんなところに行くたびに、選択肢が消えていくうちに色濃くなるとは思いもしなかった。
わたしが気づいたのはついひと月ほど前のこと。けど確固たる証拠もなければ推測の域を脱しないし、自己申告するのも奇妙な話。だから伊織自身の力で気づくまで黙っていた。正直なことをいえば、彼女には申し訳ないけど一生かけても真相に辿り着けるとは思っていなかった。
初恋の底力を侮っていたのは否めない。まだまだ勉強が足りていない証拠である。
夏はもう目前。夜は冷房をつけないと寝られない。連日の熱帯夜の影響もあってか最近はずっと寝不足。こんな日は涼しい部屋でのんびり昼寝をするのが最善の選択なのに、今日はどうしても寄らなきゃいけない場所があった。
あの日、わたしが会場を抜けた直後に沼津店長がステージ上で謝罪した。開発のトップが直々に頭を下げたことがメディアを通じて世界中に拡散され、フォーマットの導入で荒れていたネットもとりあえず落ち着きを取り戻した。
『フォーマットの導入は時代の区切りとして相応しいと考えておりました。ですが時代を考えるだけで我々は『今』を蔑ろにしていたようです——』
それから伊織の件で何度か沼津店長と連絡を取り合ったものの、今日まで顔を合わせていない。なんでも発売が決まっていた新商品の根本的な見直しを行うとかで猫の手も借りたいくらい忙しいとか。数年前は会うのが日課だったのに、今では会うことさえ難しくなってしまった。それ以前に会える場所すらもうないのだが。
『もんもん』があった雑居ビルは五月の末に立ち入り禁止になり、その半月後には足場が組まれ防音パネルで覆われ、そして今日から取り壊しの工事が始まる。今更行ったって意味がないのはわかってる。だけど自分の原点となった場所を最後まで見守るのがわたしの義務だと思った。
到着した頃には既に防音パネルの向こう側からガタガタとけたたましい音が響いていた。
アキバオタクとして破壊と再生は見慣れた景色。なのに今はギュッと心が締め付けられる。わたしにわかるのは、もう二度と味わいたくない感情であることだけ。過去との決別を終えた後は寄り道せずに帰宅した。
「ただいまぁ」
家に帰るといつものようにベッドにダイブ。あぁ、このベッドってこんなにふかふかで広々としてたっけ。久方ぶりに熟睡できると意気込んでみたものの、テーブルの上にある見覚えのない小包が気になった。渋々身体に鞭を打ち、宛名を確認。送り主は沼津茂。これが昨日電話で云ってた「入れ忘れたもの」に違いない。
大学ノートくらいのダンボールを持ってみるとさほど重くはないし、試しにゆすってみても音がしない。空っぽというより緩衝材で厳重に保護されているんだと思う。非常に嫌な予感がした。だからあの人は「ノークレームノーリターン」なんて云ってたのか。
恩師には逆らえない。嘆息しながら開封していくと、中からピカピカのアクリルケースに身を包んだ『戴冠式の前日』、もといプリミティブがいた。嫌な予感は見事に的中した。このカードを目にすると感情をどうやって対処するか悩んだ日々と、あの時の無力な自分、そしてこれを狙撃した罪を思い出して胃が痛くなる。金輪際近づくまいと固く決心したのに、なぜかトラウマの方からやってきた。
ダンボールにはプリミティブに加えてもう一枚、沼津店長の手書きの便箋が入っていた。
『失われた意思を継承するのは僕たちではなくプレイヤー。そう判断した僕ら開発は相応しい人物を選定した。会議できみの名前を出すと満場一致。その決定を前の開発の知り合いに報告したら『伝説のチャンプが持つのがベストだ』って笑って許してくれた。面倒くさがりのきみのことだから断ると思って強硬策をとらせてもらったよ。よろしくね。P.S. イベントの時は借りるよ』
はぁ、わたしを育てただけあってよくわかってらっしゃる。できることならこの便箋ごとゴミ箱に捨てたい。
「——おっと、帰ってきたかな。今日もさくっと勝って明日も買い出しに行かせよう」
テーブルの上を片付けていると玄関から物音が聞こえた。今日みたいな暑い日だとアイスは絶対に欠かせない。だけどわざわざ灼熱の中をコンビニまで買いに行くなんて面倒だ。ならば誰かに買いにいかせるのが最善。ちょうど身近に夜な夜な勝負を挑んでくる子がいるので、わたしの勝ち星の対価として毎日買い物に行ってきてもらってる。
全ての起源となったカードと、わたしと共に伝説を作り上げたカード。その二枚が揃い踏みなんて部屋の中もずいぶんと華やかになったものだ。
「あおいー、溶けちゃうよー」
「今行く」
部屋を出ようとしたその刹那、棚の方に目をやると新品のアクリルケースの表面に自分の顔が映っていた。そこには柔和で嬉しそうな笑顔が灯っていた。
アレキシサイミアの存在証明 天音亜入 @aisle1971
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます