第2話 自己紹介
「えー。入学直後に体調を崩し、しばらく入院していた同級生を紹介します」
担任の
「さ。入ってきて」
教室のドアが開き、そこにはイケメンが立っていた。
すすすっと教壇の横に立つ。
金髪のショートヘア、高級そうな指輪やネックレス、少し着崩した制服。
端正な顔だち。
「
それだけを突きつけると、彼は後ろの方の空席に向かって歩き出す。
雷同先生は焦っているだけでなんのフォローもない。
わたしの隣の席に着くとちらりとこちらを一瞥し、すぐに突っ伏す。
昨日のこと、忘れたのかな。
まあ、いいけど。
でもなんか面白くないな。
ジト目を彼に向けていると、唯川はそのまま寝息を立てる。
わわ。マジか。
一時間目から寝てすごすつもりなの?
まあ、わたしには関係ないけどさ……。
「変な奴」
学校に何しに来ているのよ。
勉強でしょう。
それともお友達でも作りに来たのかしら? だったらあの挨拶はないか……。
もうなんなのよ。あんた。
なにしにここに来ているのよ。
授業が始まっても、隣がこれじゃ落ち着かないって。
先生に当てられても知らないよ。
わたしだってそこまでお人好しじゃないんだから。
すぴーっと音を立てて寝ている。
一応教科書を立てて、顔を隠しているけど。
まあ、無駄な抵抗よね。
先生も呆れた顔で見ているし。
初日からこれだもの。
なんとか一限目の授業が終わると、椎名と一条が駆け寄ってくる。
「ダメだ。眠い」
「椎名。しっかりなさい」
「さすがあさき、お母さんっぽい」
隣で寝ている唯川の耳がぴくっと動く。
「お母さん~」
「あなたのお母さんになった覚えはありません」
「うへ~」
ぷいっとそっぽ向くと、独特の視線に絡まれる。
彼だ。
何か言いたげな顔をしている。
けっこう神妙な面持ちだ。
や。
何を考えているんだろう。
読めない。
まあいいや。
「それよりも今日のお弁当はきんぴらゴボウなんだ」
「さっすが!」
「しぶいねー」
なんだかわたしの好きな食べものの話題になると、みんなこんな感じの反応なんだよね。
しぶいのかな……。
むむむと考えていると予鈴がなる。
「じゃあまたあとで」
じーっと見つめてくる視線を振り払うように鞄から次の授業の用意を始める。
次は数学かー。苦手なんだよね……。
ちらりと隣を見やる。
まだ見ている。
先生がやってくる。
「な、なに?」
耐えかねて訊ねる。
「いや、お気楽なもんだな。生温い友情ってやつ?」
いかにも馬鹿にしたような卑屈を言う唯川。
「そう言うあんたは友達ひとりもいないじゃない。ボッチ君ね」
嫌味ったらしく返すと興味を失ったように机に突っ伏す。
「何よ、なにか言いなさいよ」
まるでこっちが悪いみたいじゃない。
「帰る」
唯川は立ち上がり鞄を手にする。
「は? ちょっと待って! 授業は?」
「帰りたいから帰る。いけないか?」
濁った瞳にはやる気のなさがにじみ出ていた。
そのままだるそうに歩き出す彼。
え。え? あいつまじで帰った!?
サボるどころの話じゃないでしょ!
東の空から季節外れの入道雲がやってくる。
奥羽山脈の尾根に沿ってゆっくりと横断を始める。
ゴロゴロ。
雷鳴の音が静寂を切り裂く。
冷たい雨音が聞こえてくる。
「あいつ、傘持っているのかな?」
いやいや気にしてもしょうがないでしょ。
「あー。もう!」
「どうした? あさき」
わたしの大声にビビった先生含めクラスメイトたち。
その中から一条だけが尋ねてきた。
「先生、早退します。腹痛いです」
鞄を手にし、素早く教室を出ていく。
「ちょっと! あさきさん!?」
わたしは聞く耳持たず校舎を走る。
渡り廊下を駆け、下駄箱で履き替え、折りたたみ傘を広げる。
そのままの勢いで唯川を探しに行く。
公園を横切ろうとした時「わん!」と犬の声が聞こえてきた。
そちらを見ると唯川が捨て犬を拾っている姿が視界に入る。
「うそ……」
彼は傘など持ってはいなかった。
犬にドッグフードを与えると服に泥がつくのもいとわずに抱き寄せる。
なによ。なによ! なによ!!
「なんなの! それ!?」
わたしは勝手に身体と口が動く。
「わたしにはあんなこと言っておいて、その子は助けるんだ!」
「お前には関係ない。友達のママを一生やってろ」
薄目で言い、有無を言わせない毅然とした態度でわたしを跳ね除ける。
「ちょっと!」
ずぶ濡れになった彼を引き止める。
その横顔から覗く威圧の視線が人を殺しているような錯覚さえ感じさせる。
金糸のような髪がさらりと揺れる。
「犬の飼い方わかる?」
ため息と一緒に疑問をはきだす。
「……いや」
盲点だったと言いたげな顔をしている。
「てめーこそわかんのかよ?」
「ふふーん。わたしはアイドル系おかんよ。ワンちゃんはざっと五匹飼ったわ」
「別に誇れることじゃないぞ?」
肩をすくめる彼。
「まあ、頼りにはする」
照れくささを誤魔化すように頭をガシガシと掻く唯川。
「ふーん?」
意地の悪い笑みを浮かべるわたし。
「な、なんだよ。気色わりーな」
どしどしと歩き出す唯川。
「なんだよ。こないのか?」
呆然としていたわたしを一瞥し、また歩き出す。
「あ、うん」
いいってことなんだ。
その理解が遅れてやってくる。
彼の後を追うと、降りしきる雨はもう止んでいた。
公園から彼の家はほど近く、わたしの足で六分でついた。
セキュリティがしっかりした六階建てのマンション。
そのエントランスでカギを開けると唯川の後を追う。
「へー。いいところ住んでんじゃん」
「まあ、稼ぎはあるからな」
「稼ぎ……」
202号室にたどりつくと唯川はカギをあける。
「ほら」
あれ? これってまずくない。
唯川の両親に挨拶することになるの?
そもそもまだ知り合ってそんなに経っていないのに、部屋に行くなんて。
それも男の子の部屋に上がるなんて初めてのことだし。
彼の両親になんて説明したらいいんだろ。
「お邪魔しまーす」
とりあえず挨拶だけはする。
「誰もいないぞ?」
「え! あ、うん」
そっか両親とも共働きなのか。
だったら挨拶は必要ないんだね。
でも二人っきりかー。
二人きり。
それって唯川に何かされても止めてくれる人がいないってこと。
しかも何もなかったという証明もできない。
彼は遊んでいる風だし。
「なんだよ。上がらないのか?」
唯川に言われ、わたしは緊張した面持ちで靴を脱ぐ。
あの子犬のために踏み込む。
「絶対に変なことしないでね!」
「変なことってなんだよ?」
天然で言っているらしい彼。
「あっ。バカ、そんなこと考えるな!」
少し時間をおいて彼は思い至ったらしい。
顔をまっ赤にして抗議してくる。
意外と初心な反応をする。
ま、いいけど。
「それでイヌを飼うにはどうすればいい?」
「飛び出さないよう、柵とか、あとはご飯の器、トイレ、シャンプー、耳掃除、歯磨き――」
「……たくさんあるな」
メモしていた彼が苦い顔を浮かべる。
「ワンチャンを飼うってそういうことよ?」
ムムムとうなる彼。
ふーん。意外と可愛いところあるじゃない。
「とりあえず、タオルで濡れた身体を拭いて、暖かくしてあげて」
「分かった」
いやに素直だな。
何か裏があるんじゃないの。
ジト目を向けていると唯川は頭に疑問符を浮かべる。
「なんだ?」
「別に……」
タオルを数枚持ってきてワンチャンの身体を拭き始める。
「そういえば、ワンチャンの名前は?」
「……ハナ」
「いい名前ね」
何が面白くなかったのか、舌打ちをする彼。
やっぱりちょっとひねくれているかも。
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性格歪んだ彼とのお付き合いの話 夕日ゆうや @PT03wing
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