奉仕

ヤマ

奉仕

 かつて、ある国の七つの街を護るため、七人の魔導士が「契約奉仕者」を求めた。





 契約奉仕者とは、血の誓約によって他者に尽くす、精霊の力を与えられる存在――

 労働と犠牲の化身だ。





 しかし、勿論、何かを得るためには、相応の対価が要る。

 だから、人々は口裏を合わせた。


「対価は彼に払わせよう。あいつは善良だから、きっとみなのために承知する」





 そうして、名が挙げられたのが、パッシィという青年だった。

 元々、街の隅で暮らしていた彼は、「みんなの役に立つなら」と、自らの命を担保として、契約書に署名した。





 契約は成立した。





 精霊の力は、絶大だった。

 以降、パッシィは契約奉仕者として、寝ずに働き、怪異を祓い、病を癒し、飢えた人々に食事を与えるため、国内を奔走した。


 七人の魔導士は、それを見て微笑んだ。


「彼は使命感に満ちている。素晴らしいことだ」

「我らは啓蒙と対話という役割がある。このような仕事は、彼に任せよう」

「すべては、『善』の執行のために」





 ある日、客人として、異国の魔女がその国を訪れた。

 彼女は街を周り、その中で見かけたパッシィの働きに眉をひそめ、魔導士たちに問うた。


「彼は何故、あれほどの力を持ちながら、外の国に名も知られず、褒賞も与えられていないの?」


 魔導士の一人は肩を竦めた。


「彼は『奉仕』のみが望みだ。ならば、それを与えるのが、善意というものだろう」





 その夜、魔女はこっそりと、パッシィの元に現れた。


「君の契約には、一つだけ抜け穴がある」


 戸惑うパッシィに、魔女は言い含めるように、優しく告げた。


。つまり、誰のために動くか、恩恵を誰が受けるか。その相手は、君が決めるんだ」





 それから、しばらくして、街は混乱の中にあった。

 パッシィが姿を消したからだ。

 病は再び広がり、怪異は街を飲み込み、人々は嘆いた。





 必死の捜索の結果、魔道士たちは、いつか国を訪れた魔女と共にいるパッシィを見つけた。

 魔導士たちは彼を責めるように言った。


「どうして、国を去った? 何故、我らに奉仕しない? 我らは『善』を執行する者なのだぞ」


 かつての奉仕人――今は、が微笑んだ。


「『善』とは、誰かに負担を押し付けることではない。お前たちの正義に、僕の命を消費する価値はないと気付いただけだ」


 最後に、魔女が言った。


「誰かの無償の奉仕に慣れた人間ほど、最も高い代償を支払うのですよ」


 魔導士たちを、その冷たい視線が射抜いていた。





「『慣れ』とは、最も残酷な呪いですからね」

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奉仕 ヤマ @ymhr0926

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