第33話
僕はこの教室で起きた出来事を、他人事の様に感じていた。警察など、パトロールや交通整備で立っているところを見たことはあるが、連行の瞬間など見たことがなかった。今日は本当にたくさんの経験をした。
教頭先生は警察と嘉根さんと共に教室を出ていった。僕もそろそろ帰ろうとカバンを持てば、残った佐々木先生に声をかけられる。
「お前もきっと参考人程度に話を聞かれるかもしれないから、頭の整理をしておくんだな」
「……はい、分かりました」
今日はもう帰る様に言われ、昇降口に向かうと福田くんと相澤くんが待ってくれていた様で、駆け寄ってきてくれた。慣れないことの連続で心身ともに疲れていたのもあり、帰り道に嘉根さんが警察に連行された事を説明していれば、あっという間に駅に着いた。また詳しい事は明日話すと伝え、押してきた自転車にまたがって家に帰った。
手も洗わずにソファに沈んでいれば、ドタバタと大きな足音を立ててリビングのドアが開かれた。
「兄ちゃん!ニュースみた!?」
「見たよ……あ、そうだ。お前、スマホの使い方を考えなさい。知らない人に個人情報をペラペラと話すんじゃない。家族構成とか親が共働きとか、喋っただろう」
「ご、ごめんなさい……でも、あの人元々知ってそうだったし、いいかなって思って」
「よくない。お前が危険に晒される可能性もあるんだ。怪しいと思ったら、まず僕に言え。」
「ムカつくけど……わかったよ。」
妹はそのまま部屋に戻る事なく、珍しく一人掛けのソファに座った。迷惑をかけたと感じているのだろうか、時折申し訳なさそうな顔でチラチラとこちらを盗み見ている。しかしそれに応えるほどの体力も残っておらず、晩御飯は家族のみんなには悪いがカップラーメンで済ませた。日頃から無理はしなくていいと言ってくれているので、その言葉に甘える事にした。
明日は僕も妹も終業式なので、予習も弁当も必要ない。寝る支度を済ませてベッドに沈めば、朝まで目が覚める事は無かった。
翌朝いつも通りに登校すると、いつも通り僕が初めに教室に着いて、いつも通りのクラスメイトが順番に教室へと入ってきた。
いつもと違う点といえば、嘉根さんと緒方さんが居ないところだろうか。特にクラスメイトは気にする様子はなく、終業式が早く終わって欲しい旨の会話をしている。
僕は久々に単語帳を開いて、隙間時間に自習をしようとすると、相澤くんと福田くんが僕の机に手をついて話しかけてきた。
昨日のことに関する件だったので、僕に答えられる事を答えているとチャイムが鳴った。
チャイムとほとんど同じタイミングで佐々木先生が教室に入り、教壇に立った。
「はい、おはようございます。今日はみんなが楽しみにしてた終業式だ。式が終わって、教室で各教科の課題を配布したら夏休みが始まるからな。あと少しの辛抱、頑張れよ。じゃあ、体育館に行くから準備できたやつから並べ」
先生は号令もかけずに廊下へと出て、生徒が並ぶのを待った。出席番号順に列を作り、ザワザワと喋りながら体育館へと向かう。
体育館に規則的に並べられた椅子に僕らは着席した。こうして椅子があると、欠席者の緒方さんと嘉根さんの椅子が浮き出て見える。
何事もなく、終業式を終えて教室で課題を受け取った。大抵の生徒は部活の無い放課後を楽しむために、やや小走りで教室を出ていってしまった。福田くんと相澤くんが待ってくれていたので、僕も急いで学級日誌を書き終え、簡単に掃除を終えたので教室の鍵を持って廊下へ出れば、佐々木先生がいた。
「あ、ご苦労さん。鍵も日誌もここで貰う。」
「あ、先生。お疲れ様です。」
「お前もこの一週間疲れただろう。お前らも知ってるか?」
先生が友人らに問いかけ、僕から聞いた事を話している。
「そうか、まぁ、紆余曲折あったが無事補習は撤廃されたよ。正直、学校から殺人事件の犯人が出て、先生方は補習どころではないしな。補習用に無駄な仕事をさせられた上に、今後の対応のお仕事もある。教師ってのは毎回損をする。」
佐々木先生は廊下の窓枠に手を乗せて、足を組んで話している。僕たちはお疲れ様です、と労うことしかできずにいた。
僕は気になったことがあったので、この際だから、と聞いてみることにした。
「あの、先生。イヤホン型の盗聴器は誰が仕掛けた物だったのか分かったんですか?」
「あぁ……あれな……いや、危ないところだった。緒方は案外頭が回る様で、嘉根が芽島と恋人ごっこする計画に乗っかるフリをして、元々乙訓先生に怪我をさせるつもりだったらしい。しかし、乙訓先生はご存知の通り屈強な男性だ。緒方の様な小柄な女性が適う相手ではない。それで、標的を自分より弱い娘さんにしたんだ。どこかで溺愛している事を知ったんだろうな。嘉根に乙訓先生の事を気取られない様に、娘さんが事故に遭ったと嘘の情報を流して時間を稼いだ。それで、芽島が思ったよりも早く嘉根の計画の脆弱さに気付いたおかげで、乙訓先生の事件も疑うハメになった。緒方は芽島か俺かが真犯人に辿り着くのを恐れて、用具委員の立場を使って仕掛けたらしい。」
「それって……もしかして、もう少し早く嘉根さんを疑って緒方さんの名前を聞いていれば、僕らも危なかったってことですか?」
「そういうことになるな。」
僕らはゾゾゾ、と悪寒を感じて身震いをした。
佐々木先生によれば、これからは警備の数が増やされ、用務員やお掃除さんの見直しも入るらしい。元々嘉根さんの家に借りがある人が多かったらしく、これを機に清算するとの事。しかし学園は私立であるので、寄付額の多い嘉根さんの家の意見は多く取り入れる必要があるという。嘉根さんのご両親には、是非ともこれを機に娘と向き合って欲しいと切に願った。
学校から出て、気分転換も兼ねて相澤くんと福田くんの三人でそのまま遊びに行くことにした。放課後に友人と遊ぶなんて、小学校低学年以来かもしれない。自転車を駅に置いて、二人の住むここよりも栄えたショッピングモールのある地域へと向かう。
僕らはあまり乗客のいない電車で並んで座り、これからの事を話し合った。
「まずはゲーセンいこうぜ!」
「いや、カラオケに行こう相澤は知らないだろうけど悠は歌が上手いんだ」
「悠くん!ゲーセン!」
「カラオケ!」
両隣から責め立てるように声をかけられ、答えを求められる。僕は二人に声を抑えるように言い、僕も意見を出す。
「ゲーセン行ってカラオケ行って少し宿題してまた明日遊ぼう!夏休み始まったばっかりなんだから!」
僕らは小さく歓声を上げ、ハイタッチを繰り返した。学生らしからぬ事に巻き込まれて疲労が溜まっていたのだろう。この瞬間が心地いい。
これからはきっと、あの二人は停学か退学処分になって何事もなかったように過ごせるのだろう。巻き込まれた身ではあるが、あの二人が事を起こさなければこれまで通りに過ごせたのだと思うと少し腹は立つ。しかし、二人の置かれた環境を考えると同情の余地もあるのかもしれない。それでも、よくない一線を超えたことに変わりはない。
僕は今ある青春を謳歌するために、目の前の友人らとこの夏をいい思い出に変えるべく、勉強は程々に楽しもうと心に決めた。
夏休みを賭けた冤罪晴らしは誰の謀か。 踊川 虻 @TanaKataNakata55
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