バイト

ヤマシタ アキヒロ

バイト

 大学一年生がバイトに応募してきた。色黒で目の細い男子学生であった。面接は店長と私で行った。

 ドラッグストアの仕事は単純作業と接客がメインなので、本当は従順でにこやかな女子を採りたかったのだが、条件に合う応募がないことから、仕方なくこの無口な男子学生を採用することにした。

 教育係は私が担当した。仮にK君としておこう。

 K君の仕事ぶりは「可もなく不可もなし」であった。言われたことは真面目にやる。言われないことまではやらない。機転の利くタイプではなかった。

 とくに、男子にありがちなように、K君もレジの台詞覚えが苦手であった。「お預かりいたします」とか「かしこまりました」とか、ふだん使わない言葉をスムーズに発音するのは、思った以上に難しいらしかった。

 それでも、とくにクレームをもらうでもなく、お客様のお目こぼしをもらう程度には卒なく仕事をこなしていた。

 しかし私にとって少々物足りないのは、一と月が経っても、二た月が経っても、K君は自分からは何も話さないことであった。

 聞かれたことには答える。しかしそれ以上の会話の発展がない。フレンドリーに仕事を教えたつもりの私としては、さすがにもう少し打ち解けて欲しかった。

 あるとき私は、会話の糸口を探るためもあって、倉庫でダンボールの積み下ろしをやっていたK君にこう問いかけてみた。

「K君の出身は○○高校だよね。たしか野球部が強いんだっけ?」

 強いかどうかは当て推量であったが、面接のときの履歴書に「特技・野球」と書いてあったので、鎌をかけたのである。そのクセのある筆跡までが目に浮かんだ。

 するとK君は作業の手を止め、腰を伸ばしながらこう言った。

「うーん。けっこう強いっちゃ強かったっス。てゆーか、学校としちゃそれ程でもないけど、自分らの学年で部員が増えて、レベルが上がったってゆーか、二年の夏でベスト16、三年の春でベスト8まで行きました。夏は大したことなかったけど……」

 と、K君は今までにない饒舌さで、顔を輝かせながら喋った。

 私は内心、初めて見るK君の生き生きとした表情に驚きながら、探し当てた鉱脈を深掘りするため、質問の矢を継いだ。

「へえー、すごいね!けっこう本気で頑張ったんだ」

「はい」K君は照れくさそうに下を向いた。

「どこ守ってたの?」

「センターっス」

「打順は?」

「6番っス」

「惜しかったね」

「惜しかったっス」

「くやしいね」

「くやしいっス」

 K君はそう言って、また作業を再開した。

 私はその細い目と日に焼けた首筋を見つめながら、この朴訥な青年のことがしだいに好きになっていた。


                             (了)

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