いつも雑魚って言ってくる学校一の美少女ギャルを分からせたら、めちゃくちゃ懐かれた件

エリザベス

第1話 ギャルを分からせてやった

 どうしてそうなったのかは知らない。


 気づいたら、彼女は絡んでくるようになっていた。


「おっは〜雑魚。今日も元気に雑魚やってんじゃん?」


 教室のドアを開けると、机の上に座って友達と話していたギャルが俺を見つけて、嬉々と挨拶してきた。

 いや、挨拶というより罵倒に近い。


 俺の辞書に「おはよう」と「雑魚」は同じページに載ってないし、そもそも俺は「陰キャ」であって「雑魚」ではない。


 星宮ほしみやひまり。

 古坂高校一の美少女なんて肩書きがついているくせに、よりによって俺みたいな陰キャに絡んでくる奇特なギャルだ。


 教室でもひときわ目立つ金髪は、光に当たるたびさらさら揺れて、雑誌の表紙に並んでても違和感のなさそうなモデル体型で、机の上に座っているだけなのに周りの視線をかっさらっていく。


 しかも基本的に、彼女の周りにはいつも友達が集まっていた。

 休み時間になれば自然と女子グループの中心にいて、笑い声の真ん中にいるタイプの人間だ。


 それに対して、俺はそんな星宮さんとまったく縁のない、陰キャだ。


 長めの前髪で目元が半分くらい隠れているせいもあって、クラスでは存在感が薄い。

 というか、人と目を合わせるのがあまり得意じゃないので、自然とこういう髪型になってしまったというだけなのだが。


 趣味はゲーム。

 放課後はほぼ直帰で、オンラインのフレンドとはよく喋るけれど、リアルで遊びに行くようなタイプではない。

 家がいちばん落ち着くし、特に大きな理由がなければ外出もしない。


 ようするに、俺は星宮さんとは住む世界が違う。


「ちょっと雑魚、聞いてんのー? おはよう返してくれても良くない?」


 星宮さんを無視して、自分の席に向かおうとすると、彼女は足を出して道を塞いできた。


「……おはよう」


「んー? 声ちっさ。雑魚語かなんか? もっとハッキリ言いなよ〜」


 乗り気じゃないが、これ以上無視するのはさすがに不自然だから、軽く挨拶を返したが、星宮さんはこれだけでは放してくれない。


「ねえ聞いた? 今日の雑魚ランキング、あんたダントツ一位らしいよ?」


「知りません……」


「え、知らないの? じゃあ今作ったわ。おめでと、初代王者〜」


「……王者とかいらないです」


「え〜? せっかく称号あげたのに。ほら、雑魚界の覇者って感じで、ちょっとかっこよくない?」


「全然かっこよくないです」


「つれな〜。雑魚のくせに言い返すとか、成長してんじゃん」


 星宮さんはケラケラ笑いながら、俺の肩を軽く小突いてくる。

 その様子を見ていた周りの友達が、


「ひまりまたやってる〜」


「ほんと好きだよね〜雑魚くんのこと」


 と茶化し始めた。


「ち、違うし!? ただの雑魚いじりだし! ね、そうだよね雑魚?」


「俺に振らないでください……」


「ほら〜! こういうとこ可愛いんだよね雑魚って」


 可愛いと言われても困るだけだ。

 ていうか、朝の時点で体力をごっそり奪われてる気がする。


 しかし、この関係がまさか一変するとは、この時の俺には知る由もなかった。




 古坂高校は、一年生が一階、二年生が二階といったように、学年でフロアが割り当てられている。

 『コ』の字の校舎の中央には大きな階段があり、その両端には普段使われない非常階段があった。


 放課後はいつも陽キャたちがキャッキャ言いながら階段でたむろしているから、人とはあんまり関わりたくない俺にとって、非常階段で帰るのが日課になっていた。


 帰ったらゲームしよう、そう考えながら非常階段の方に向かっていくと、そこには先客がいた。


「――あ、雑魚発見。てか、帰るの早くない?」


 壁にもたれかかりながら、星宮さんはにやっとこちらに視線を向けてきた。


「非常階段から帰るとかさ、相変わらず陰キャムーブ全開だよね〜」


 そして、無視して階段を下りようとする俺の進路をふさぐように立ち位置を変えながら、


「ねぇ、ちょっと待ってってば。あたしが呼んでんのに、そのままスルーとか……雑魚のくせに生意気なんだけど?」


 と少し怒り顔で言ってきた。


「早くゲームしたいので……」


「え〜? またゲーム? あんたほんっとそれしかないじゃん」


 星宮さんは大げさにため息をつくと、悪びれもなく続けた。


「てかさ、そのゲームに人生ささげてる感じ? ――ぶっちゃけ、そんなのに本気になってるとか、ちょっと笑えるんだけど」


 俺の足が止まったのを見て、彼女はさらに追撃する。


「だってさ? どうせ雑魚でもできるゲームなんでしょ? あんたが得意ってことは、そのゲーム自体が雑魚いってことで――」


「おい、もっぺん言ってみろ!」


「えっ……ちょ、なに……?」


 人には地雷というものがある。それが俺の場合ゲームだったりする。

 俺のことは雑魚でもなんでも好きなように呼べばいい。


 ただ、クリエイターたちが必死に作り上げたゲームをバカにするのは俺には許せなかった。


 気づいた時には、長い前髪を乱暴にかき上げ、星宮さんの肩越しの壁へと手を叩きつけていた。

 乾いた音が非常階段に響き、ふたりの距離が一瞬でゼロになる。


「だいたいな、俺には黒川くろかわ悠斗ゆうとって名前があんだ! いい加減に覚えろ!」


「……ちょ、ま……なに、その顔……え、かっ……え、かっけ……」


 星宮さんの口が動いたのは見えたけど、何を言ったのかまでは聞き取れない。


「分かったらもう俺に付きまとうな」


 ぽかんとしてる星宮さんをよそに、俺は階段を下りていく。


「……なにあれ……あんな顔で、あんな声で言われたら……胸、変になるんだけど……」


 なにかつぶやいてるみたいだけど、もう俺には関係ない。


 これでいい。


 俺はもう星宮さんに付きまとわれることはないだろう。


 この時は、ほんとにそう思っていた……。

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