かみさま

@nifaowa

第1話


自分ような人間が生きてていいのかと思う時が多々ある。


何を太宰治ぶっているんだと思うかもしれないが、本心からの言葉だ。そしてそんな私は今河川敷にきている。家から近いかつ、それができる場所がここだっただけだ。


私は今から死んでみようと思う。


「間違っている」「もっといい方法がある」「その選択を肯定も否定もできない」

父と母、そしてネットの相談所。三者三様の言葉だった。


川に足だけつけ、ジャバジャバとその足を膝の力で振る。適当に座った場所が水たまりだったのでズボンが濡れて気持ち悪い。


なんで二人の元に生まれてきてしまったのか。環境が人を作るというなら、私は普通の家庭の、普通の望まれていた子供になれていたはずだ。でも現実は違う。高校二年生ながらに、誰が見てもクソみたいな人間に育った。現在平日の14時。チャイムは変わらずなっている。 


そもそも両親は私が普通の子供に育つことを望んではいなかったのか。


私の父は厳しい人だ。毎日ジムに通い、母がサボる掃除を周りを巻き込んで行い、妹が転んでも心配せず叱責する。小4の私が隠していたテストを時計の上に貼り付けて何も言わずにただ椅子に座って見つめ、小1の時には勉強の理解が進まない私を突然怒鳴る。でも寒い一発ギャグを今でもあの人はする。


別にその人のことが嫌いなわけではない。尊敬しているし、最近は憐れんですらいる。

父を見下せるようになってしまった今が辛い。現実が刻々と迫ってきて、苦しくなった。ただそれだけ


小学校の頃は楽しかった。でも大人のいう「学生時代は楽しかった」とは違う気がしている。私は今があまり楽しくない。花の青春時代がくると思っていたが、いつまで経っても来なくて、現在高校二年生、進路に追われ、家に逃げるバカな生徒になっていた。 


「小学校の頃は楽しかった」その理由は簡単にわかった。無知だと。無知こそ私が幸せでいるために必要なものなんだと。


友人にギャルがいる。知識はないが、沢山のバイトを掛け持ちしている。ちなみに貧乏ではない。彼女には社会経験がある。たとえその経験がグッチのバッグを買うことだとしても。そんなギャルの彼女も、無知ではない。彼女は常に考えている。登校した時、彼女と一緒に電車に乗る。その時に彼女は必ずケーキを買って帰る。


彼女は社会の枠から片足踏み外しているような人でも周囲のバランスを維持するためにケーキを買う。私は社会の枠から両足踏み外している。彼女の方が自分より立派な人間だというのは、気付いても、心が受け止めることを許さない。何故ならバカだから。


川を見つめる。魚影一つも見えないミルクティー色の濁った川。落ちたら死ぬんだろうな、と漠然と思う。


16歳、まだ子供だろうか。いや、16歳、もう大人と同じように考えられているだろう。脳みそだって、もう完成したようなものだろう。そんな完成した脳みそが死にたいとブツブツ呟く。


でも、それって決してマイナスなものじゃない。私の人生は、私らしく楽しい。今が人生最高に幸せだと思う。心の底から。だから耐えられなくなる前に死にたい。これは逃げの選択なのだろうか。


元々東大を目指すほどに、希望に満ちた人間だった。ドラゴン桜を読んだから、バカな話である。あれはフィクションだ。でも漫画の力とは不思議なものでそれが自分にも当てはまると信じている幼い自分がいた。それを両親に宣言した時があった。否定されることもなく、ただ肯定された。


死ぬという選択が、受験や進路から逃げていると言われてしまえば、私はそれを否定することができない。私にとって勉強とは、あの父親なのだ。

中学生の頃、とてつもなく悪い点数をとった。私は試験中にトイレに行き泣いたし、口に指を突っ込んでゲロ吐いて、体調不良って嘘ついて帰った。テストが返却された時も、押し入れにこもって泣いた。多分、向いていない。


私は死にたい。ポジティブな意味で、でも楽に死ぬのは憚られる。だって、私は多くの罪を犯したから。体調不良だと嘘をついた時にアラプラスとかミトコンドリアとか色んなのを調べてくれた母にお礼が言えていないし、父にも養ってくれてありがとうと言えていない。加えて幼い自分の勉強を頑張って見返すという夢を裏切った。


ミルクティー色の激流。もうすぐ下校のチャイムがなる。もう会えないや

「私の神様」


  ボチャン


ーーー


友人が死んだと聞いたのは20歳の時だった。山田結衣に同窓会のお誘いメールを送ったのだ。昔、彼女がこの土地から引っ越す前、「同窓会には誘ってね」と泣きながら言っていたのを思い出して。


でも彼女は死んだらしい。それも4年前に。


言葉が出なかった。何も思わないわけではないが、何も思わない。


彼女は小学三年生の頃に私のいる小学校に引っ越してきた。東京から来た女の子がむっちゃ可愛いと、いわゆるクラスの一軍に引き込まれ、オドオドしながら喋っていた。


まあ関わることはないだろうなと思っていた。それはフラグだった。


「やまだゆいです」

4月生まれの自分よりも随分と小さいその子は小さい口を開いた。


なんか東京の子って感じだな、と、思った。あとから聞けば東京は転勤先の通過点の一つに過ぎなかったらしいが。


「ねえ」

アップ終了後、暇そうにバスケクラブの方を見ているユイちゃんに私は声をかけた。

「え」

ビクリと肩を揺らし、びっくりしました!と顔全体で表した女の子は家の猫を連想させた。

「入るの?クラブ」

「、、た、ぶん。」


ユイは帰り際に一番ウキウキした顔をしていて、子供ながらに嫌ならなんで来たんだろうと思った。


ユイはそれから毎回くるようになった。服も体操服から専用のジャージに変わった。でもバドミントン自体は嫌いなのか、とっても嫌そうな顔をしていた。


「こはるー、」

ヘニョヘニョになりながら、歩いてくるユイはそのまま壁にぶつかり、体重を預けたままズリずりと床に落下していった。

「何」

「扇風機ぃ」


ハンディファンを彼女に渡す。ユイというのは変な子だった。本当に変な子だった。突然壁際で逆立ちをするし、突然帰りに鬼ごっこをするし、突然怒るし、突然泣くし、嫌いではなかった。


「サンタクロースいるし!!!」

小学5年生になってもサンタクロースを信じている。

「いねえよ」

「いる!!!!」

  

私は幼稚園から一緒のソウマという学年一のイケメンが嫌いで、学校でも廊下ですれ違うたびにお互いを蹴り合っていた。それを見たユイは羨んでいた。好きなのかなって思って、聞いたみた。


「なんで羨ましいの?」

「え?だって、昔からの友達とかいないもん」


ああ、そういえば、そういう子だったなと気づいた。ユイの話は面白い。大阪の祖父母の話とか、いとこの話とか、東京にいた大道芸人の話とか、幼い目線で話す、拙い話だけど面白い。こうして恋愛脳じゃないところも彼女が人に好かれる理由なのだろう。


そんなユイに自分が気に入られているという自覚があった。彼女は金魚のフンのようにチョロチョロと私の後ろをついてくるし、私のことをとても褒めてくれるし、そして何より私の好きなものを知ろうとしてくれた。


でも、それは終わる。


彼女がもうすぐ小学六年生になるという時に引っ越すことを知った。彼女は泣いて別れを惜しんでくれた。でも下を向いていたので泣いていたことはバレていないと思っていたらしく。


「さっき泣いてたじゃん」

とみんなの前で言ったらとても怒られた。でも小さいユイが私に敵うことはなかった。


卒業アルバムには彼女の姿は載っていなかった。当然だ。けど3年も時間を共にしたのにと思うと、なんだか悲しかった。


それから彼女は一年に一回の頻度で私たちに会いに訪れた。そして私と彼女は関係を維持したまま高校一年生になった。私は県で一番の高校に入って、県で上位の成績を残し続けた。進路もあっという間に決まり、勉学に励んでいた。


毎度彼女に来てもらうのは忍びないと思い、今回は私から彼女の元へ行くことにした。新幹線に乗って、初めて乗る地下鉄に乗って、迷って、揉まれて、やっとついたそこは大きなビルが立ち並ぶ場所だった。


「小春」

「ユイ」

ユイの身長は私とほぼ変わらなくなっていた。


私は彼女に何を話しただろうか。確か学校の話だった。今思えば、それは自慢に聞こえたかもしれない。実際その気持ちも混じっていた。


「うん。県で一番になった。ユイはどう?進路とか」

「え、あー、うん。まだ決まってないかな」


対抗心があった。彼女に対して、幼い頃からさまざまな経験を積んできた彼女より自分が優っているという事実が欲しかった。もしかしたら、幼い頃からそういう思いが根幹にあったのかもしれない。オドオドした彼女を見下したいという思いが。


だから彼女は私にその言葉を放ったのだろう。


だんだんと元気のなくなっていったユイは私の方を見て、一言。


「小春って、神様じゃなかったんだね。」


何故か今でも鮮明に覚えている。その言葉。そりゃそうである。私は神ではない。天才でもない。だけどなんだかその言葉が毎度の突飛な発言ではなくて、練り上げられたものに感じて、、、


その日から連絡は途絶えている。


あれから一年後に死んだのか、ユイは。ユイといると気分が楽だった。心が落ち着いた。心を許せる相手だった。でも、もういない。川に飛び込んで死んだらしい。


魚が泳ぐ綺麗な川を見つめる。私は東京の大学に進学した。けど、それを讃えてくれる人の中にユイはいない。彼女は私のライバルだと思っていたのに、いい大学に合格したら自慢してやろうとか思ってたのに、私が勉強をしている間に彼女はこの川に飛び込んだ。


別にいい。私には彼女以外にも沢山の、それも頭のいい友人がいる。彼女は阿保なギャルしかいなかったらしいが、

私は過去を見ない。見たくもない。思い出を振り返るなんて時間の無駄だ。


「、、、」


そういえば彼女は犬派だった。犬派なのに家にきた時に猫のコルルにチュールをあげたがった。そういえば彼女はブレイドボードが下手くそで、車に轢かれそうになったことがあった。そういえば、彼女も負けず嫌いで、


なんで死んだ。


無責任な人だ。本当に、父親を誇りだといつも私に自慢してたじゃん。私もいい大学に行くんだって言ってたじゃん。東大に行こう!とか冗談で私に持ちかけてきたじゃん。あのあと携帯親に見られてすっごい恥ずかしかったんだよ?でも、貴方は死ぬことを誰にも言うでなく、最良の答えだと判断したんだよね。電話一本でも入れてくれれば、ワンピースの名言とか言ってやったのに。


「もう、もう!もう!!!!このクソッタレ!!!!!!!!」


荒い呼吸を抑えて、昼の河川敷で叫ぶ。今日は同窓会当日、私は休んだ。休んで、貴方が死んだのを受け止めたくなくて、貴方の家に行った。でも貴方はいない。老いて、シワシワの猫背になった貴方の両親がいるだけだった。


「ああ、もう、」


知らなくて年賀状書いちゃってたよ。話じゃもうこっちに引っ越してたらしい!アンタ!知らない人に私は年賀状を送り続けていたらしい!確かにユイからの返事来ないなー?とか思ってたけどさ!死んでるなんて思わないじゃん!結局、お泊まり会一回もできなかったし、本当にワガママだよ。どうせ地獄に落ちたでしょ。いい気味だよ。


「、、、」


私より低かった身長が伸びて、世界が見えるようになって、私が神ではないと気づいて、加えて貴方はバカだから、死んだんだよね。そうだと言って欲しい。じゃないと、綺麗な思い出が綺麗なままではいられなくなってしまう。


手汗でびしょびしょになった土産袋の中、犬と猫、二つのキーホルダーがどこに行くでもなく、ただただそこで新品特有の光を放っていた。

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