第3話


 急いで成都せいとを発とうとしたのだが、趙雲ちょううんは思い当たって城の修練場へと向かった。


「身体を動かしていないと、色々考えて落ち込む」


 馬超ばちょうはよくそう言って、用がない時はいつも修練場にいた。

 兵の修練を見たり、修練に付き合ってやったりしている。


 涼州りょうしゅうの【錦馬超きんばちょう】と彼は元から名高かったが、若い彼の指揮の下で、涼州の若者達が高い志で戦っていた理由が馬超を見ているとよく分かる。


 平時から共に過ごし、苦楽を共にする。

 家族のように。

 だから厳しい戦いにも恐れず立ち向かえるのだ。


 修練場に近づくと、「構えろ!」とやはり馬超の元気のいい声が聞こえてきた。


 十人ほどに槍の稽古をつけてやっているらしい。

 槍の構えから、

 振るう時の意識など、細かく教えてやっているのが遠目からでも分かる。

 馬超は修練の時はいつもああだ。

 真剣そのもので、手を抜かない。


 趙雲は回廊の柱にもたれかかり、しばらくその修練の様子を優しい表情で眺めた。


 戦死した馬超の父と弟たちの遺骸は結局、涼州の地に埋めたらしい。

 父がそう望むだろうからと彼はそう言っていた。

 しかし韓遂かんすいの手の者や曹魏の者に掘り起こされて、晒されるようなことはされたくないから、と自分たちが持っていた土地にも埋められなかったようだ。


 密かに、自分しか知らない場所に埋めたと言っていた。



『いつか涼州に平穏が戻ったら、父上に報告に行きたい』



 の陣容を見れば、魏軍の狙いは涼州の攻略だろう。

 そして北東の【定軍山ていぐんさん】と連動出来る体勢を作り上げることだ。

 しょくは北面をもし魏軍に完全に押さえられたら、東の地にが出て来ても身動きが取れなくなる。

 身動きが取れなくなる程度ならまだいいが、


(呉蜀同盟が決裂した隙を曹魏に突かれたら厄介なことになる。

 今回の涼州遠征がその布石になったりしたら……)


 修練は続いていたが、趙雲は眺めるのを切り上げて歩き出す。

 馬超に声は掛けなかった。

 一緒に来るかと尋ねれば必ず行きたいと言うだろうし、劉備りゅうびを慮っていや、行かないでいいと言わせてもそれは本心ではない。


 馬房に着いて、自分の馬の首筋を撫でると手綱を解いて導き出す。


 向かい側の馬房に馬超の馬がいた。

 明るい栗色の毛をしている。

 いつものように輝いているので、世話をされたあとなのだろう。


 じっ、と出て行く趙雲と彼の馬の方を黒い瞳で見つめている。


「さあ、頼むぞ」


 騎乗すると、すぐ合図を送る。

 門のところで衛兵四人が敬礼をし、見送った。


 馬超が日常の中で時折、遠い、山の向こうにある涼州の方をじっと見つめていることがあった。


 故郷を想っているのだろう。


 故郷が戦火に巻き込まれようとしている。

 駆け出して行きたいに決まっていた。

 しかし今は魏や呉の動きをしっかりと見極めなければならない時期だから、表立って兵は送れない。

 

 どれだけのことが出来るかは分からない。


 駆け出して行きたいことが分かっているのに、蜀のために思いとどまってくれと言わなければならないかもしれない。

 それを見越して馬超に「今は行かない」などと言わせるのは忍びなかった。



『力ある者は全て自分だけでやらなければならない』



 趙雲と馬超ばちょうは同い年だった。


 それでも馬超からは武人として様々なことを教わっている、と彼は感じている。

 側にいるだけで彼の生き様から、色々な覚悟や葛藤や、強くあろうとすることを。



(そうだな。馬超殿。私もそう思う)



 都合のいい時だけ、誰かを当てにするなどというのは本当の強さを持つ者がやることではない。


 全て自分一人でやるのだ。


 とにかく、魏軍と涼州連合の動きをこの目で見なければ。

 趙雲は成都せいとの城を裏手から出ると、平原を北へと一直線に駆け出した。


 詳しい動きがあれば軍議が招集され、蜀としての方針が定められる。

 だがその前に魏軍と涼州騎馬隊の様子を見ておきたかった。






【終】

 

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花天月地【第38話 強さと、弱さと】 七海ポルカ @reeeeeen13

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