ワラビナーの存在理由

猫科狸 千稀(かずき)

ワラビナーの存在理由

 沖縄にはかつて『童名(ワラビナー)』というものが存在していた。所謂あだ名に近いものである。有名なところで言えば『チルー』『カマドゥー』などの名前がよくつけられていた。 童名をつけることは大事だ、とそのオバァは語る。


「ワラビンチャー(子供達)はヤナムン(悪いモノ)に狙われやすいさーね」




 ワッター(私ら)が小さい頃は今みたいに明かりも無いものだから、日が沈むころには暗いところが多かったんだよ。

 夜が近くなるとヤナムンがあちこちからでてくると言われていたから、子どもは早めに帰れよって大人から言われていんだ。

 でもやっぱり子ども達も畑仕事とか遊びに夢中になってしまうことがあって、日が落ちる前に帰れないこともよくあった。

 暗い中急いで家に帰るんだけれど、周りから声が聞こえるんだよ。


「えー、クマンカイクーワ(こっちにおいで)」 「アガーッ(痛い)、怪我をしたようだ。ここへ来て助けれくれよ」


 といってさ。


 アレなんかの言葉は聞かんけよって親には言い聞かされていたものだから、怖くて耳を抑えながら家まで帰っていたよ。


 月明かりの綺麗な夜だった。大人が集まって騒いでいてね。村の女の子が行方不明になっているって話だった。

 その子は三つ年下の子だったけれど、ドゥシグァー(友だち)でもあったから、ワン(私)もとっても心配だった。

 可愛い子でね。ワッター(私ら)が川でエビ捕まえたり、山の苺採りにいくときも付いてきてね。


「ネーネー(お姉ちゃん)遊ぼー、遊ぼー」


 ってニコニコ笑ってついてくる子だったさ。 その子の両親が泣いていてね。


「ワン(私)が夜に名前を呼んだからだ。ごめんなさい。ごめんなさい」


 ってから。


 そんなことはないよって慰めてあげたかったけど、心のどこかで思っていたんだよ。ヤナムンに名前を知られたから連れていかれたんだろうなぁって。だから何も言えなかったよ。強く言われていたからね。名前はマブイ(魂)そのものだから、知られないように気をつけなさいって。


 結局その子は見つからなかった。大人がどれだけ探し回っても見つけることができなかった。その子の両親はここにいると罪悪感でおかしくなると言って、遠くへ引っ越していったんだ。


 その子の両親が村を出てしばらく経った頃、近くの浜辺に女の子が打ち上げられていると騒ぎになった。

 それが、行方不明になっていたあの子じゃないかって話になってね。みんなで丁寧に弔ってあげようと思ったんだけど、どうしてもその子の本当の名前が思い出せないわけさ。村中の人間が誰一人思い出せないんだよ。

 仕方なしに、その子は童名を使って弔ってあげたんだよ。


 そのとき思ったわけさ。あれなんかはマブイ(魂)だけじゃなく、名前まで持っていってしまうんだねぇって。全部持っていってしまうんだねぇって。


 それから聞こえるようになったんだよ。日が沈むと聞こえてくるわけさ。


 ──ワンヤソノナーアラン(私はその名前じゃない)


 ──ワンヤソノナーアラン(私はその名前じゃない)


 悲しくて切なくて可哀想な声がどこかから聞こえるわけさ。村中に響くくらいに聞こえてくるわけさ。

 耳を貸すなと言われていたから、その声が聞こえると耳を押さえて泣きながら全力で走って逃げたよ。ごめんなさい、ごめんなさいって。  時が経ってその子のことを忘れていくうちに、いつの間にか声は聞こえなくなっていたよ。


 だから子が小さいうちは本当の名前ではなく、童名を使わないといけなかったんだ。本名を知られると、持っていかれるからね。

 でも、もう今は必要ないね。もう時代が違うからね。あのときとはもう違うんだ。


──もう昔のことさ、古い古い昔のこと。


 オバァは呟くようにそう言いながら、皺だらけの手でアルバムから古い写真を取り出し、懐かしそうにそれを眺め続けていた。


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ワラビナーの存在理由 猫科狸 千稀(かずき) @nekokatanuki

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