本編

カルロ:俺が組織を抜けて二年。

今は、愛する女性と共に、小さな店を営み、穏やかな日々を送っていた。

あの女が、現れるまでは……。

(入店音)

カルロ:「いらっしゃいませ。」

「何かご入用ですか?」

マリー:「何かご入用……ですって?」

「用があるのは、貴方によ!」

カルロ:「マ、マリー?!」

「もう……俺の居場所を突き止めたのか。」

「早かったな………。」

マリー:「私達の組織に見付からないとでも思ってた?」

「貴方も知ってるでしょ?」

「私達の組織の持つ力を。」

「そして……その力を知りながら、貴方は組織から逃げた。」

「逃げられないと分かっていたわよね?」

「何がそうさせたのかしら?」

カルロ:「もう嫌になったんだよ!」

「来る日も来る日も、闇取引だの殺しだのって……。」

「お前と組んで、ボスに言われるがまま、悪事に手を染めるのに嫌気が差したんだよ!」

「ただ……それだけだ。」

マリー:「あら……ほんとかしら?」

 (少し間)

「三年前の……雨の夜。」

「私達は、対抗組織の情報を狙って、ずっとあの男を追っていた。」

 

(回想)

(この後の『』は回想中の台詞)

 

カルロ:「『マリー、いいな。』」

「『お前は男の目を引く、いい女だ。』」

「『奴はいい女に目がない。』」

「『うまく取り入って、情報を手に入れろ。』」

マリー:「『任せて。私の得意分野だから。』」

「そんな慢心のせいで、私はミスを犯した。」

マリー:「『はっ……!やめて……違う!』」

「『私はそんな書類、知らない!』」

「『お願い……撃たないでよ……私じゃ……ない……の。』」

(カルロ、駆けつける。) 

カルロ:「『マリー!伏せろ!』」 

(銃声)

マリー:「そこで貴方は、私を助けるために、相手を撃った。」

カルロ:「『マリー、大丈夫か?』」

マリー:「『ごめんなさい……私……私。』」

カルロ:「『ここで奴を消すのは…想定外だったが…仕方ない…。』」

(足音が近付き、ドアノブが回る)

カルロ:「『誰か来る!窓から逃げるぞ!』」

カルロ:「外に出ると、部屋から、お父様、お父様と泣き叫ぶ少女の悲痛な声が響いてきた。」

カルロ:「その声を後ろに聴きながら、マリーの手を引いて走り、闇夜に紛れた。」 

(回想終了)

マリー:「貴方のお陰で、情報を持ち帰り、任務は成功したわ。」

「情報収集元として、泳がせようと決まっていた奴を消してしまった事については、かなり責められたけどね……。」

「でも……あの一件があってから、貴方は変わってしまった。」

「貴方を変えたのは……あの女でしょ?」

「『お父様、お父様』って泣き叫んでた少女。」

カルロ:「それは……。」

マリー:「あの後、色々調べていたもんね。」

「殺した相手に、15歳になる一人娘がいた事。」

「その少女は身寄りがなくなり、路頭に迷っている事。」

カルロ:「……。」

マリー:「良心なんか、遠の昔に捨て去ってた貴方が、どんな風の吹き回しなのかしらねぇ?」

「その少女に近付いて、援助を始めた。」

カルロ:「 嘘をつかず、怯えることなく、ただ真っ直ぐに生きようとする少女。 」

「その姿を見て、初めて……誰かのために生きたいと思った。 」

「こんな俺でも、まだ誰かを守る意味があるのなら……と。」

マリー:「ふぅ〜ん。リサ……だったかしら?」

「あの子、貴方が自分の親を殺した張本人だって知らずに、まだ貴方と一緒に暮らしてるんでしょ?」

「相変わらず呑気ねぇ……あの女も。」

カルロ:「まさか?!リサに会ったのか?」

マリー:「大きな声出さないでよ!」

「会ったわよ……悪い?」

「何も疑わず、純粋で無垢な世間知らずのお嬢さん……。」

「見てるだけで反吐が出る!」

カルロ:「お前……リサに何をした!」

マリー:「わぁわぁ喚かないでよ!」

「心配するような事はしてないわ。」

「私と二人でティータイムがてら、紅茶を飲んで、お菓子を食べたの。」

「あぁ……今はちょ〜っとお薬飲んで、お昼寝してもらってるけど。」

「貴方のお家の中、少しだ調べたんですもの。ふふっ。」

カルロ:「クソ!」

マリー:「ねえ、カルロ……いつまでも騙し続けていられると思ってるの?」

「ほんと……悪い男ねぇ。」

カルロ:「リサの親父を撃ったのは、仕方なかったんだ。」

「あの時……俺が撃たなければ、お前が殺られてた。」

マリー:「あら……感謝しろとでも言うの?」

「私の命なんて……どこで尽きてもよかったのよ。」

「なんならあの時、尽きてしまえばよかったのに……。」

「(切り替える感じ)あぁ…、無駄話しちゃったわね。」

「今日は、昔話をしに来たんじゃないの。」

「大切な話があって、わざわざこんな田舎町まで来たのよ。」

カルロ:「ふん!どうせいい話じゃないだろう?」

マリー:「それはどうかしら……。貴方次第じゃない?」

カルロ:「話があるならさっさと話せ!」

マリー:「せっかちね……余裕のない男はダサいわよ。ふふっ。」

「ボスからの伝言、『お前の腕は見込んでいる。』」

「『もう一度組織に戻るチャンスをやろう。』」

「『組織に戻るか、死ぬか……決めるのはお前だ。』ですって。」

「答えは今日いっぱい待つわ。」

「じっくり考えるのね。」

カルロ:「……。」

マリー:「日付が変わるまで、町外れのバーで待ってる。」

「じゃあ、またね。」

 

(間)

 

カルロ:マリーはそれだけ言うと、店から出ていった。

組織にいる時、マリーが俺に好意を抱いていることは知っていた。

その気持ちに気付いていながら、マリーを抱いた事もあった。

あいつの心を踏みにじった上、女を作って組織を抜けた俺を、あいつは恨んでいるだろう……。

組織を抜けた者がどうなるか、それはよく知っている。

そんな奴らを、この手で何人も始末してきた。

組織を抜けたら、殺される……それが暗黙のルール。

正直、今この場で、あいつに殺されてもおかしくなかった。

だがあいつは、『生か死か』と言う選択肢を持って俺の前に現れた。

こんな例は、今まで聞いたことはない。

本来ならありがたい申し出なのだろうが、俺の答えは決まっていた。

俺は組織には戻らない。

その答えが……死を意味するものであっても。

今夜、決着をつけなければ……今夜。

 

(深夜のバー)

 

カルロ:「待たせたな。」

マリー:「あら、思ったより早かったわね。」

「決心は着いたのかしら?」

カルロ:「あぁ…。」

マリー:「それで?あなたの答えは?」

カルロ:「マリー……外に出て話さないか?」

マリー:「そんなに急がなくてもいいじゃない。」

「貴方も何か飲めば?」

カルロ:「そうだな……」

マリー:(同時に)「オールドフォレスター、ロックで……」

カルロ:(同時に)「オールドフォレスター、ロックで……」

マリー:「フフフ、懐かしいわね。」

「貴方がいつも飲んでたお酒……。」

「今も変わらないのね。」

カルロ:「そうだな。」

「この華やかで甘い香りが好きでね。」

「甘みと苦味が混じり合う後味も、たまらない。」

 

(一口飲む)

 

カルロ:「……これが飲み終わったら、外で話そう。」

マリー:「分かったわ。」

マリー:「……乾杯。」

 

(少し間)

 

カルロ:「さて……そろそろ出るか。」

マリー:「えぇ。」

カルロ:「マスター、お代はここに置いておく。」

 

(店外へ)

 

マリー:「それで?貴方の答えは?」

カルロ:「俺は……組織には戻らない。」

マリー:「そう……。」

カルロ:「驚かないのか?」

マリー:「そう言うと思っていたもの。」

カルロ:「すまない。」

マリー:「じゃあ、私はここで……」

 

(マリー、銃を構え、カルロに銃口を向ける。)

 

マリー:「貴方に向けて、引き金を引かせてもらうわ。」

「そうなる事も覚悟して、外に出ようって言ったんでしょ?」

カルロ:「あぁ……。」

マリー:「いい心掛けじゃない。」

カルロ:「マリー……お前に俺は撃てない。」

「どれだけお前と過ごしたと思ってるんだ。」

「お前の目を見れば、考えてる事も分かるさ。」

マリー:「はっ!自惚れないで!」

「私が貴方をまだ愛してるとでも思ってるの?」

「勘違いしないでよ!」

「私は貴方に向かって、引き金を引く覚悟はできてるの!」

カルロ:「俺も覚悟を決めてここに来ている。」

「リサとの生活を守るためなら、俺はお前を撃つことだって厭(いと)わない!」

マリー:「ふふっ、貴方の瞳に……揺らぎが見えるわ。」

「それで、私が撃てるとでも思ってるの?」

「笑わせないでよ!」

「そんな生ぬるい気持ち、覚悟なんて言えないのよ!」

 

(2発の銃声)

 

カルロ:乾いた銃声が2発、鳴り響いた。

音と共に膝をついたのは……マリーだった。

俺の放った銃弾は、マリーの腕を貫通していた。

一方、マリーが放った銃弾は……。

俺の横をすり抜け、壁に当たっていた。

 

マリー:「ぐっ……ハァ……ハァ……(涙ぐむ)私は……貴方を……撃てない……。」

「貴方を……撃てなかった!(泣く)」

「……まだ……貴方の事を……愛している。」

「私は……ただの……馬鹿な女なのよ。」

カルロ:「マリー……すまない……。」

マリー:「(涙混じりに苦しみながら)ハァハァ……もう……行って!」

「ボスには……カルロは……組織に戻らないと……言ったので……私が消しました。」

「この傷は……その時……撃ち合いになり……受けた傷です……そう……伝えておくから。」

カルロ:「……マリー。」

マリー:「お願い!……もう……行ってよ……頼むから。」

「これ以上……惨めにさせないで。」

カルロ:「……すまない。」

マリー:「念の為……この町から……出ていったほうがいいわ。」

「もう……貴方を……探したりしない。」

「もう二度と……貴方の前には……現れない。」

「……さようなら……カルロ。」



カルロ: 俺は、涙を浮かべたままのマリーに、静かに背を向けた。

生きる価値なんて、これまで考えたこともなかった。

盗んで、騙して、殺して……自分の欲のためだけに、命を削ってきた。

そして今日も、自分の幸せのために、かつての相棒に銃を向けた。

本当に、最低だ…。

あいつは、そんな俺のために命を張ってくれた。

最後まで、憎みきれず……愛し続けた馬鹿な女。

なのに俺は、感謝の言葉ひとつも返せずに、黙って立ち去ることしかできなかった。

でも、俺はこの人生を変える。

過去も罪も、すべて捨てて……新しく生きる。

 

(マリーを思い浮かべるような短い間)

 

このチャンスをくれた、マリー……ありがとう。

そして、さようなら。

俺は、リサが待つ場所へ、歩き出す。


――完――

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愛の形〜銃声の夜に残るもの〜 桜雅 @harunimauyuki

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