最終話 不条理刑事の行方②

    3

 中村は小池恵子こいけけいこの願いをかなえる事が、自分の使命だと確信していた。森脇星子もりわきせいこは本来、この世界にとどまっていい存在ではない。


 このイレギュラーを正常に戻すため、にいる小池(あるいは森脇?)の潜在意識が覚醒をうながした。その使命を受けた刺客ともいうべき存在が、すなわち、小池と中村だったのではないか?


 小池は早々はやばやと退場し、あとをたくされた中村は、孤独な戦いをいられる事となった。全ては仮説の域を出ないが、森脇と直接対峙たいじし、何らかの方法で決着をつける必要がある。

 中村は覚悟を決めた。誘いをかけるため、森脇がニセモノと称した小池恵子の姿に変え、彼女の前に立ちはだかったのである。


    *

 森脇は自宅のダイニングテーブルをはさんで、小池恵子と名乗るニセモノと向かい合っていた。

 この女はどういうわけか、現実の世界で手間と苦痛と大金をはたいて手に入れた美貌びぼうを、そっくりそのままうばい取っていた。


「聞きたい事が山ほどあるけど、とにかくお前を全く信用できない。まず、なぜ姿をしているんだ?」 

森脇は椅子にしばりつけた女を、鼻先まで顔を近づけてにらんだ。


「おっしゃる意味がわかりません。私は生まれつき姿です」

黒髪の女はほうけた表情をして答えた。


「よほど死にたいようだな。うそをつくのも大概たいがいにしろ。首筋に二か所、脇の下に二か所、横腹に二か所、その他数か所に手術と脂肪吸引しぼうきゅういんあとがある。お前の知らない部分の傷も知っているんだ!」

森脇は立ち上がって女の髪の毛をわしづかみにし、顔を上下にさぶった。


「お前のは誰だ? 何の目的で現れた?」

森脇は立て続けに問いただした。もはやこの女の容姿はどうでもよかった。なぜかこの女のせいで、今まできずき上げてきたものがこわされていくような、漠然ばくぜんとした不安が頭をよぎった。


 この夢の中の世界で、森脇が心の弱みを見せたのは初めての事だった。森脇は同じ夢を何度も見るうちに、この世界のに気づいていた。


 この世界には不条理を行使できる者と、そうでない者がいるという事。そして、が、この世界の道理どうり事象じしょう。森脇は復讐心や劣等感を怒りのエネルギーに変え、永遠にこの世界にとどまれるように、特殊能力ちから際限無さいげんなく行使していた。


 夢が唐突に場面転換するように、目の前が暗転し、部屋の内装が変わった。周りは鋼鉄製の冷たい壁に囲まれた息苦しい密室だった。

 髪の毛をわしづかみにしていたニセモノの女は、見知らぬ男にかわっていた。


「ここは【特殊独房とくしゅどくぼう】と言いましてね。あなたの思い通りにはならない場所ですよ」

男は、してやったりといった表情でニヤリと笑った。


    4

 モスクワ郊外のけばけばしい家の中。椅子にしばられ森脇の尋問じんもんを受けていた、小池恵子姿の中村は、思い描いていたシナリオを実行した。

 森脇の特殊能力ちからを封じ込めるには、【特殊独房とくしゅどくぼう】の中へ放り込む以外に考えられなかった。しかし問題はその手段だった。


 中村はこれまでの状況から、不条理刑事ふじょうりけいじ同士が直接特殊能力ちからをぶつけ合う事ができない事を理解していた。森脇は以前に何度も中村の行く先々で建物を丸ごと消し去り、証拠隠滅をはかったが、中村本人を直接消し去るような事はできなかった。手に持っていたカレンダー付きの日本地図が消えなかった事も、それを裏付けていた。


 中村は、森脇と対峙しているという状況をそのままにして、場面設定を丸ごと切り替えるという暴挙をこころみた。この世界がなら、あながち不自然な事ではないと。


【特殊独房】に拘留こうりゅうされていた中村は、モスクワの分身ぶんしんと情報をすり合わせていた。突然現れた森脇を見ても動じなかった。

 対する森脇は、突然の場面転換に戸惑っている様子だった。 


「ここは【特殊独房とくしゅどくぼう】と言いましてね。あなたの思い通りにはならない場所ですよ」

中村は、してやったりといった表情でニヤリと笑った。


「殺してやる!」

特殊能力ちからが使えない事をさとった森脇は、その巨体を感じさせないほど素早い動作で、中村の首をつかみ実力行使に出た。中村は出足払であしばらいをかけ、森脇を倒す。

 巨体が仰向あおむけにバウンドし、背中と頭を床に打ち付けた森脇は、顔をしかめて立ち上がれずにいた。


観念かんねんするんだな。ここを脱出する手立ては、一つしか無い」


 中村がげると、森脇は血走った眼を閉じて、怒りをしずめるように大きく息を吐き、仰向けになったまま動かなくなった。


    *

「変な夢……」


 森脇星子もりわきせいこは目を覚ました。スマートフォンのアラームを消し眼鏡をかける。トイレに向かい便座に座った。落ち着いたところで、先ほどまで見ていた夢の反芻はんすうをする。


 夢の主役であるはずの星子(夢の中の名前は小池恵子)は、整形前の自分(そういう設定?)に殺害され、幽霊となって不条理刑事に覚醒の願いをたくすという展開だった。

 途中から視界は俯瞰ふかんモードに変わり、登場人物を見守るようなイメージで結末をむかえた。


 眼鏡をはずし、顔を洗う。フェイスタオルで顔と手を拭き、おもむろに鏡を見た。自分で言うのも何だが、好感の持てる顔だ。


 ふと気になって、首筋に目を向けた。


「えっ?!」


 星子は我が目をうたがった。左右の首筋に縫合ほうごうしたようなあとが付いていた。夢の記憶を思い起こして、両脇と横腹を確認した。


 星子の背中にふるえるような冷たい汗が流れた。


    5

 白い板壁いたかべのけばけばしい家を出た中村は、銀のプリウスのエンジンをかけた。

外はまだ吹雪ふぶいていて、一向にむ気配はなかった。エンジンはまだあたたまっておらず、エアコンは効かない。たばこの煙を吹かすように、ゆっくりと白い息を吐いた。


「さて、そろそろ行くか」

中村はシフトをドライブに入れ、アクセルを踏んだ。二本のわだちが一直線に続いていく。


 全てを白くかき消すような吹雪が、一面に舞っていた。

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不条理刑事 シッポキャット @sippocat

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