とわへと続く、蒼き殉愛-ある姉妹の書簡

わだつみ

第1話 とわへと続く、蒼き殉愛‐ある姉妹の書簡

              姉からの手紙

     蒼波(あおなみ)の妃より、淡き泡沫(うたかた)の乙女へ…


 わたくしの妹、淡き泡沫の乙女よ。


 貴女に宛てて文を綴る筆をとる事も今生の最後となる事が、今とてまだ信じられぬ程、わたくしの心は朝の穏やかなる渚の如く凪いでおります。


 春の緑も桜も見られぬまま、早春の海に沈みゆく事も、今更何を恐れる事がありませうか。


 女學生の日々の終わりを告げる春などを見ることなく、みなもの底で、妹の貴女ととこしえに咲ける倖せを噛み締めるばかりでございます。


 去年の卯月、学び舎の帰り道にふと、貴女が立ち寄りたいと言った春の社(やしろ)。


 その境内に咲き乱れし、梢の桜の雲達を貴女と見られた事。これにまさる春の思い出はございません。


 あの日のわたくしには、妹たる貴女こそが花と咲いて見えました。


 春の海に帰りて、とこしえの姉妹となりて春をみな底の社にて過ごしませう。




 わたくしから、とわへと続く、蒼き殉愛を込めて。


 みな底の 社に花は 咲かねども


 我の隣に 君は咲くなり


               妹からの手紙


         淡き泡沫の乙女より、お姉様ー蒼波の妃様へー。


 わたくしの親愛なるお姉様へ。


 斯様な文を賜りし、身に余る倖せに胸は打ち震へました。


 去りし春の日、帰り道にある社の桜を見たいというわたくしの我儘にお姉様が付き合ってくださったあの時を、それ程まで、お姉様が胸に刻みつけてくださっていた事。そして、お姉様の瞳の中で、わたくしが花と咲いて見えたという、わたくしなどには勿体なき程のお言葉。


 それらを思い返す度、万感胸に迫り、幾度も筆が止まりそうになりました。


 あの日は、倖せに満ちた花だった桜も、今年の春ばかりはどうか咲くなかれ、とわたくしは願わずにはおられませんでした。


 あの花が綻ぶ頃にはー、お姉様は学舎を去られ、わたくしの隣を歩く日はもう訪れない。


 お姉様の声が隣に聞こえぬならば、来たる次の春の花も緑も、わたくしの瞳には色を映す事はないのですから。


 だから、まだ女學生で二人がいられるそのうちに、早春の海に帰りてとこしえの姉妹となりませう…、という、お姉様のお言葉は、世の大人達には理解されずとも、もっとも優しき言葉として、わたくしの心を穏やかにしてくださいました。


 今は、わたくしの心には何の思い残す事もございませぬ。


 うたかたと消ゆる、白き殉愛を込めてー、この文と、拙いながらも返歌をお姉様へ。


 嗚呼嬉し 君が隣に 咲けるなら


 渚に我は うたかたと散らん


 昭和◯年◯月◯日


 海にてとこしえの姉妹となりし二人の書簡

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