後悔と決意 後編



(――俺のせい、だな)



 あの日、強引にコイツの口から吐かせた告白を思い出す。


 この子供は、出会った当初から公私混同を嫌う大人びた生徒だ。

 だから、あの宇宙人の言う通り、俺のことを特別な目で見ていたとしても。別に、どうする気もなかった。どっちでも良かった。

 ただ、最近アイツが生意気な口を聞くようになって。ごちゃごちゃと多くなったうるさい小言に、うんざりしてきていて。


 今思えば、いつもしてやられる仕返し、みたいな気分だったと思う。



 結論から言えば、失敗だった。


 後悔したのは、無理矢理気持ちを吐かせた後に、アイツのぐちゃぐちゃな笑顔を見てからだ。

 それを見た俺は、衝動的に、逃げてしまった。


 そして、あの日以降。アイツは、俺のいる保健室に来なくなった。

 それはそうだ。上手く隠してくれていたアイツの気持ちを、無理矢理引っ張り出した上に、踏みにじったのだ。そんな相手に、愛想を尽かさないはずが、ない。

 その代わり、近づいて欲しくないうるさい馬鹿ガキは、保健棟から出てくる俺のところへ頻繁に来るようになった。ウザいが、自業自得だと甘んじて受けることにした。



 とはいえ、1週間も経てば、色んなやつに好かれたがりのあの馬鹿な宇宙人はやっと俺に飽きてきたのだろう。あのガキも、アイツも来ない。そんな味気ない昼休みをただぼけっとしたと思えば、この騒ぎだ。



「――何やってるんだ、俺は」


 こんなつもりじゃ、なかった。


 俺はただ、いつもいつも、人のことをぷりぷりと怒る助手の鼻を開かせれば、それでよかった。


 ただ、それだけで。



 そんな、子供みたいな仕返しを、思いついた幼稚な自分が、恥ずかしい。


 教師としても、大人としても。

 後手後手に回りすぎて、巻き込んでしまったのは、俺だ。




 自分の不甲斐なさに、思わず手が止まり、自己嫌悪の波に飲まれかけていると。




「――先、生」


 ハッと気づけば、目の前で死んだように気絶していたはずの少年が、ぼんやりと目を開けてこちらを見やる。その口元は、微かに微笑んでいるようにも見えた。



「……こんな時でも笑うのかよ。お前は」


 相変わらずのお人好しぶりに、こちらまでつられて笑ってしまう。そんな場合じゃないと分かっていても、軽口を叩きたくなってしまう。けれど、よくよく見れば、彼の目は焦点が合っておらず、意識は混濁してるように見えた。

 もしかしたら、夢を見ているような気分なのかもしれない。





「…か、ない、で」

「……?」

「先生、なんだから。そんな顔、しちゃダメ、ですよ……」

「――」


 思いもよらぬその言葉に、絶句する。何か言おうとしても、いう言葉が思いつかなくて。はくはくと、口を開けては閉じるのを何度も繰り返す。



「泣かないで、先生。先生は、何も――悪くない、です――」


 そう言って、また目を閉じる。

 出血もあるし、限界だったのだろう。息も荒く、ぐったりと意識を失ってしまったようだ。




「――アホか。こんな時まで、人の心配かよ」


 平静を保ってたつもりだが、内心の動揺は見破られていたらしい。

 さすが俺の助手、と褒めるべきか。お人好しも過ぎる、と叱るべきか。


 ――それでも。



「――馬鹿野郎が」


 だから俺は彼の手を強く握りしめ、決意した。


 ――俺はちゃんと、コイツに謝らなければいけないのだから。





「――で。なんでだよ!!意味わかんない意味わかんない意味わかんない……っ!!」



 後ろからキンキン高い声が響き、ガンガンと靴音を鳴らして踏み鳴らすウザったい雑音が聞こえる。

 仕方なくゆっくり振り返ると、そこには顔を真っ赤にさせた馬鹿ガキが、地団駄を激しく踏んでいた。元々は整った顔立ちなのだろう。なぜ隠しているのか分からないが、分厚い眼鏡の隙間から垣間見える細くも綺麗に整えられた睫毛から溢れ出す涙を見ても、何の感慨も湧かなかった。

 元々、関わりたくもなかったのだが。


 そんな、おそらく美少年と思われるよく分からない生き物は、わななく口元を顔立ちに似合わず醜く引き上げ、甲高い声で罵る。




「なんで!?ソイツはアンタの嫌いなホモなのに、なんで優しくしてるんだよ!!」

「怪我人だからに決まってんだろ。……そうじゃなくても、コイツは曲がりなりにも、俺の助手だ」

「そんなの贔屓だ!アイツだって、ナオトだって俺のこと酷い悪口を言ったのに!!」


 知るか。そもそも、お人好しなあのバカをそこまで怒らせたお前自身がよっぽとの地雷を踏んだだけだろう。そう思って聞き流したかったが、奴はまだまだ言い足りなかったようだ。



「ナオトが言うんだ!アキが俺のことを見ないのは、俺が悪いからだって!俺、悪いことなんてしてないのに!!

 ナオトはアキに惚れてるくせに、俺の方が悪いって言うんだ!!ナオトの方が気持ち悪いのに!!!」


 聞けば聞くほど、自分の責任をあの子に押し付けているだけの我儘にしか聞こえなかった。こんなmどうしようもないガキの提案に乗ってしまったなんて。あの時の俺は、本当にどうかしていた。


「だから、なんだ。仮に、ナオトの方が悪かったとして。それがお前に、何の関係がある?」

「え――?」


 意味が理解できなかったのか。そいつは、目も口も丸くして、ぽかんと俺を見つめ続けてくる。そんなバカから、俺は視線を逸らした。



「コイツは――月島ナオトは、俺の、助手だ。けど、お前は俺にとって、この学校に所属してるだけの、ただの生徒だ。


 そいつが何で、俺たちのことに首突っ込むんだ」


 うぜーんだよ、そういうの。



 そう言って、ぐったりした彼を頭を動かさないよう気を遣いながら横抱きにする。本当はストレッチャーが来るまで待つのが妥当だろうが、あんな話の通じないクソガキと同じ空間に、これ以上彼を置いていたくなかった。

 そして、そのまま宇宙人を無視して、その場を後にしようと奴に背中を向ければ。






「――嘘つき!!」



 後ろから投げかける言葉に、聞こえない振りをして歩みを進める。が、次の言葉を聞いて思わず足を止めた。



「ナオトにだけ、そうやって甘い顔するくせに!


 ――アンタだって、気持ち悪いホモ野郎じゃないか!!!」



 その言葉で、今更胸につかえていた感情の正体を思い知る。

 そして振り返りもせず、吐き捨てるように答えた。


「――はっ。それは、光栄なこった。


 なら、お前が俺に近付く理由はもう、ないよな?」


 馬鹿への言葉はもう、それ以上考えたくもない。下手をすれば命に関わりかねない腕の中の少年の安全性を考慮しなかったとしても。もはや彼にかける言葉など、時間の無駄でしかないのだから。



 ――そのまま屋上から去った自分にまだ何か甲高い音が投げつけられた気がしたが、空耳だろう。

 そんなことよりも、腕の中で意識を失ったままの彼の方が、余程重大だ。


 頭から出血したせいだろう、顔色はますます青ざめており、止血した包帯の赤は、いまだに広がり続けていた。ぐったりと閉じられた瞼からは、いつの間にか涙の痕が残っていた。

 もう、これ以上不甲斐ない失敗をすることは出来ない。それほど、彼の現状は一刻を争うものだった。



「――まずは、お前を助ける。話は、それからだ」


 そう、ぽつりと呟いてから。


 俺は腕の中の少年をしっかりと抱え直し、急ぎ保健室へと足早に進めるのだった――。




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先生、いきなり人の後ろから壁ドンするのはどうかと思います! あかし @aka7601

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