貴方とまた会えたら。

てまきまき

思い出したのはあの夏。



うだるような暑さ。

最近はどうやら地球温暖化とやらで暑さが増しているらしい。

これから地球はどうなるのか


そう思いながら細くなった足を掻いた時

窓が大きな音を立てて割れた。


どうやらボールが飛んできたらしい。

シワの増えた腕を伸ばしそのボールを掴むと

強い衝撃に襲われた。


記憶がフラッシュバックする。


「ー私待ってますから‥。」

その言葉が聞こえたような気がした。




  それは8月の午前のことだった。


大日本帝国勝利!

そう書かれた新聞が宙に待っている。

風に煽られたそれは足元付近へと落下した。


「大日本勝利か‥。」


新聞の表一面をその文字が飾っている。


「こんなこといつまで続くのやら‥。」


街を行く人々はそう呟いていた。

だが彼らも祖国のために戦う兵隊がいる手前

声を大にすることはできなかったのだろう。


呟くなりそそくさと帰路へと運ぶ足を早くした。

彼らの後を追うようについ先ほど飛行訓練を受け終わった私は家へと歩く。


先7月の誕生日で17を迎えた私ももうすぐ

戦場へと駆り出されるのだろう。


私と親しかった佐藤も先日命令があった。


しかし不思議なことに恐怖というものはなかった。

むしろ胸にあるのは漠然とした感覚‥。

非現実感とでもいうべきか。

生きているのかすらわからない感覚。


いつから抱え込んできたのかわからないそれに

気づかないふりをするように玄関を括る。


「ただいま。」

その言葉に返答はない。


居間へと歩く。


ラジオの音。


そこには寝ながらラジオに耳を傾けている父がいた。


「ただいま。」

再び話しかけてきたものの踵は返ってこない。


「あ、おかえり武ちゃん。」


台所にいた母が顔を出す。

「ただいま。」


「‥それじゃ、武ちゃんも返ってきたことだし、ご飯にしましょ!」

母はそういうなり夕飯の準備を始めた。


食卓につく。



ーーー我が家の食卓はいつも静かだ。


とういうのも父は厳格な人であり

飯の最中に何かをするということを好まなかったからだ。


私が小さかった頃はご飯どきに流れる野球がどうだったというようなことを友達と話せなかったのがすごく嫌だった。


まぁ。何はともあれこうした無言の間が我が家の慣習なのである。


箸が皿に当たる甲高い音。その音が静寂に

よく広がる。


だが今日は不思議なことにその音はいつもより少なかった。

というのも父が箸をあまり動かさなかったからである。


父は何かを考えるように箸を右手に持ったまま

項垂れたようであった。


しばらく経ったのちであっただろうか。

父は立ち上がりラジオのスイッチを入れた。

我が家で初めて聞いた野球の音。

父はその音に紛れ込むように口を開いた。


「武尊。‥どうだ最近。」

滅多に口を開かない父。

彼はそれをいうなり重重しく口をつむいだ。


「まぁ今のところ特に変化はないよ。」


「‥そうか。そういえばよく遊びにきていた佐藤くんだったか‥。彼は元気にしているのか。」


父は会話を続けるために慣れない口調でそう話した。


「‥彼は戦場に行ったよ。」


その返答に居間は再び沈黙を取り戻す。


長い数秒の沈黙。

その数秒が終わった時 


父は口を開いた。

いや、正確には何かを話そうとした。


「お前も行くのか‥」


父が続けて何やら言葉を紡ごうとした時


ウウゥゥゥゥゥゥ


悲嘆するようなか細い声を掻き消すようにサイレンが爆破する。


「空襲よ!逃げて!」


母が叫ぶ。

鳴り響くサイレンの最中玄関へと

走る。


玄関の外へと出た時だった。

花火のような光が頭上を投下していることに気づいた。


それが我が家の瓦に触れる刹那

それは花開いた。

真っ赤な花弁。

それは爆音とと共に家を包む。

家は崩れ再び玄関へと引き返すことは叶わなかった。

玄関を塞いだ瓦礫を片付ける。


空は、先ほど色濃く花開いた花火が彩っていて


昼間と変わらぬほどの強い光を放っていた。


玄関の瓦礫は重く齢17の男一人では退かすことなどできなかった。


なんとかしようと瓦礫の隙間に手をかけた時だった。


微かな声がした。


「本当はお前に‥。いや何でもない。早く行け。」


前に積み上がった瓦礫の隙間から


あまり聞いたことのない声がした。


その瞬間先ほどの花火とは違う黒くて丸いものが

我が家の庭へと落ちた。

大きな音と共に意識が消える。



目を覚ます。白い天井。見知らぬその天井を見つめる。

そのうちに違和感について気づく。


右目からしか見えぬ天井を見ながら

手で左目を触る。

そこには硬い何かが巻いてあるようだった。


「おはようございます。」


その声に気付き体を起き上がらせる。


「‥ここは?」


身におきた状況が理解できずただ問うしか選択肢はなかった。


「ここは病院です。といっても小さな街医者ですが。」


その言葉に状況を悟る。


「ではあの空襲の後私は助かったんですね。」


「ええ。ですが左目をどうやら怪我したようです。

回復は難しいでしょう。」


彼女は容態を淡々と述べる。


「そうですか‥。」


その言葉に私が落ち込んでいると思ったのだろうか。

彼女は結んだ髪を揺らしながら続ける。


「でも落ち込むことばかりじゃないですよ。

ほら、おかげで兵隊さんにならなくていいじゃないですか!」


あまりに危険なその発言に思わず笑いそうになる。


「全く君は、どういう神経をしているんだ。」


身に余る事態。絶望とも言えるようなその最中

彼女の言葉がたまらなくおもしくてしょうがなかった。


「私だって病院のおかげで髪を自由に伸ばせてるんですよ。きっと悪いことばかりじゃないんです。」


彼女はそういって窓を開ける。

そこからいつもと変わらぬ日が差し込み

ぬるい風が頬を撫でて透過する。


その風景に思わず目を奪われたが

彼女のにこやかな笑顔に思わず微笑み

言葉を続けた。


「‥そうだな。助かったよ。ありがとう。」

彼女はその言葉に微笑み返す。


「こちらこそ!」


美しい髪と綺麗な二重。そして眩いほどの笑顔に

私は思わず見惚れてしまった。


「そういえばお名前は。」


彼女は首を傾げる。


「武尊だ。君は?」


彼女は窓の外に咲く水色の綺麗な花を指さして

話した。


「百合です。」


「そうか百合か。病院には似合わない名前だな。」


彼女のことをなぜか無性に揶揄いたくなってそう皮肉すると彼女は少し怒った様子で


「もーひどいです!」

と手足をばたつかせて怒った。




あれから数日は経っただろうか。

気づけば私と彼女は病室で話し合う仲となっていた。

どうやら彼女は花のことを心から愛でているらしく

花畑というものを見れないものかと何度も嘆息していた。


「いやぁ、昔はここら辺にもお花畑があったらしいのですがね、やっぱり戦争の影響でなくなったらしくて。」

彼女はしょぼくれたように俯いてそう話す。


戦争による爆弾等で自然が壊される。

そしてその仕返しのため工場建設等さらなる

自然破壊を人間が行うのだ。


この時代に生まれてしまったことは彼女にとって

よほど不幸だったに違いない。


「そうだな。私もいつかは見たいものだ。」

その返事に彼女は元気を取り戻したのだろうか。


少し跳ねてみて言葉を紡いだ。


「じゃあいつか一緒にお花畑を見ましょう。

約束ですから。私待ってますから!」


そう話すと彼女は足早に病室を出ていった。


「やれやれ騒がしいものだ。全く病室というのに」

そうしてため息をついた時だった。


部屋のドアを誰かがノックした。

彼女ならいつもノックはしない。


「誰だ。」


そう問い返すと部屋に入ってきたのは兵隊だった。

そいつは病室に入るなり口を開き話し始める。


兵隊はひとしきり要件について話すと封筒を置き帰って行った。


真っ赤な封筒。

それを手に取る。

開けるまでもないだろう。

その封筒の封を開けようとした時


また誰かがノックをした。


「武尊さん。私です。」

その声に封筒を隠す。


「どうした。」


「いやお客様が見えたのでどうしたのかなと思っただけです。」


「あぁそのことか。やつは友だ。どうやら怪我で

兵隊を除籍されるとのことだ。その報告を受け取ったんだ。」


なぜか彼女に本当のことを言い出せず

嘘を吐く。


「‥それと目の傷で長居しすぎた。

明日にでも出るとしよう。世話になった百合。」


百合は声を振るわせ話した。


「そうですか。では!最後に武尊さんの好きな本のことを聞きたいです。」


昔から文学少年であった私は本の話題には尽きなかった。

しばらく話し合った後だろうか。


彼女は急に真剣な眼差しで私を見つめた。

それから彼女はゆっくりと話始めた。


「武尊さん。好きです。」


彼女はそう言うなり部屋を飛び出した。


必死で伸ばした手はただ宙を切っただけだった。

窓の外をふと見つめる。

そこにはただ漆黒たる暗闇が広がっていた。


朝になった。

横の机には花と手紙が置いてある。

真っ赤な花だ。


手紙を取り病院を出る。

なぜだか、手紙を読む気にならず

ポケットに入れて場所へと向かう。


軍へ入るとその翌日に

私のような怪我のあるものが集められた。


どうやらこれから私は彼らと戦闘機に乗るらしい。


上官はそれから私に「お前は名誉ある兵隊になるのである。」


とだけ話すと引き返して行った。


「本当上官様は勝手なことばかり言いやがる。」

私の隣でタバコを吸いながら愚痴るのは

明日共に乗る飛行機を操縦する矢沼という青年だ。

年は私と同じく17らしい。


「全くお前も散々な目にあったな。元々飛行機に乗っていた俺らは奴らにとって捨て駒ってことだろ。」


彼はそう愚痴るとじゃあ寝るからまたな。といい

宿舎へと歩いて行った。





どうやら太陽というものは我々が思っているよりもずっと早い速度で動くものらしい。

つい先ほどまで広がっていた暗闇はいつのまにか

消え去っていた。


支度を整え集会所へと向かう。


「よお。武尊。顔色悪いぜ。眠れなかったのか?」


横から矢沼が話しかけてきた。


矢沼は口先では変わらず軽口を叩いているものの

目の下にある隈と上がりきれていない口角を見れば

それが皮肉であるとよくわかった。


「あぁ。」


そういうと矢沼は黙り込む。


それから集会所へとついた私たちは嬉々とした上官達の歓迎を受け飛行機へと乗り込むこととなった。



「武尊。その服似合ってるぜ。まるで国民を守る兵隊さんのようだ。」


矢沼は相変わらず上がりきれてない口角を引きずりながら面白くもない冗談を言う。


これが彼なりの逃避なのだろう。


「‥まぁこんな怪我人でもこれから兵隊になるらしいな。」


「なぁ武尊。お前には大切な人とかがいるのか。」


「あぁいるさ。街の小さな病院で働いている‥。

とても愛おしい子だ。」


「そうか‥」


矢沼はそう言うと先に飛行機に乗り込んだ。


「…そうだな。なぁ武尊。俺は先に行くよ。

お前と話せてよかった。」


矢沼はそういうと天蓋を閉めヘルメットを深々と被った。


彼はまもなくそのボロい機体からゴオゴオと煙を吹かせて嫌に青い空へと飛び立って行った。


それからまもなくだろうか。


「板井君。」

自分の名前を呼ぶ上官の声が聞こえた。


「わかりました。」


上官は黙り込んで敬礼をし飛行機へと私は乗り込んだ。



しばらく飛んだあたりであろうか。


見慣れた古い街の病院があった。

空から見えたそれは本当にちっぽけで

敵からしたら爆撃の必要性もなかったのだろう。


そんなつまらないことを考えた時だった。


その小さな病院よりももっと小さな

それはそれはまるで蟻粒のようなものが

立っているものが見えた。


奇しくも私は目が悪い。

だがそれが何なのかは痛いほどわかった。


手を振っているのだろう。

小さな人影はゆらゆらと揺れている。


‥何故こんなことをしたのかわからないが

私はそれに無性に近づきたくなり

大きく右へと旋回し近づく。


小さかったそれはどうやら人間で間違いないらしく。

そしてもっと言えば最愛の人であった。


彼女は何かを叫んでいるようだったが

ビュンビュンと切る風の音で何も聞こえない。


大きく開けた口。

その口が放とうとしている言葉は伝わらなかったが

彼女がおおよそ何を言おうとしたかは検討がついた。


横を通り過ぎる刹那

彼女と目があった。


彼女は泣いていた。

汚くも鼻水を流しながら大粒の涙をポロポロとこぼしながら。


彼女はなんて言ったのだろうか。

彼女の横を通り抜けた後も

そんなことが頭から離れなかった。


「全く、私はこれから死ぬと言うのに哀れなものだ。」


そんな言葉を青空に捨てながら私は宙を切った。


私はとうに人生など捨てたつもりだった。

だがそんな思いとは裏腹に涙は延々と溢れてきた。

ついに私はあの手紙へと触れてしまった。




現実へと戻る。

再び目を開けた時

そこに広がっていたのは

くらい病室の中伸ばしている

皺くちゃな自分の腕だった。


掌を広げ自分が歳をとったことを深々と

理解する。

どうしようもなく乾いた笑いが溢れる。


「すべて遅かったのだ‥。」

そう言い窓の外を眺める。

そこにはただ漆黒たる暗闇が広がっていた。


病室の地面へと目を向けて

転がってきたボールを拾う。

その縫い目あたりだろうか。

真っ赤な花びらがついている。

どこかで見た気がする花びらを確認しようと

灯りへ近づけた時。


いつか聞いた彼女の声が聞こえた。



ーーーーいつからだったでしょうか。

私はこの世の中が嫌いでただ花を愛でては

父のこの病院で働いてきたものでした。


「戦争はじきにおわる。」


父はよくそんなことを話していたものでした。


母は幼い頃に病気で亡くなりそれから

父が男手一つで私を育ててくれたのです。


父は優しい人で町医者としてこの町で働き

どんな患者にも手を差し伸べる人でした。


ですが、つい先日の空襲。

街を襲ったあの光によって父は帰らぬ人となりました。


私は胸にぽっかりと穴が空いたような気にしかなれず、ただただ空を仰いでは1日を過ごしたものでした。



それから幾日かすぎた時でした。


庭で寝ていた私はチャイムの音によって起こされたのです。

チャイムを鳴らした人物は相当焦っていたらしく

何度も何度もチャイムを鳴らしました。


「はーい。」

玄関へと向かうとそこに立っていたのは


片目から血を流している少年を抱えた。

中年の男性の姿でした。


彼はすぐにこう話したのです。


「お願いだ息子を治してやってくれ。」

ボロボロな彼は真っ直ぐ目を見て懇願しました。


私にはそのお願いを断る勇気がありませんでした。


私は病院で育ったとはいっても

ほとんどが父の手伝いだったものですから、最初はどんなに苦労したことか。


‥ですから彼が、武尊さんが目を覚ました時には

すごく嬉しかったんです。


彼が病院に来てからと言うものの世界は

すごく楽しくなりました。


私の大好きなお花の話や

彼の好きな本の話。

私には同年代の人と話した経験すら十分になかったものですからそれがどんなに楽しかったことでしょうか。


だからこそ兵隊さんが、赤札が来た時には

どれだけ絶望したことでしょうか。


「神様は何で私から奪い去っていくの‥。」


そう嘆息しては涙を数えきれないほど流しました。


だからこそ彼と病室であった最後の夜には

愛していますなんて恥ずかしいことを言ってしまったのでしょう。


そして返事をきかずに飛び出して。

ただ手紙と花を置いてはもう彼とは会わなかった。


きっと彼と会えば別れるのが寂しくなる。

そんな独りよがりの思いのせいで彼をきっと苦しめてしまった。


彼とは会えない。

そんなこと自分がわかっていた。

だけど‥。

彼を最後に一目見たかった。


だから兵隊さんに尋ねてしまったのです。


「彼はこれからどうなるんでしょうか。」

兵隊さんはその言葉に渋々と返事をしました。


「彼はこれからお国のために兵隊になるのだ。」


わかっていた答え‥

ですが、いざ事実を伝えられると苦しかったのです。


そんな私を見て耐えきれなくなったのか

兵隊さんはポツリと呟きました。


「彼は戦闘機に乗る。明日の朝にはここを飛び去っていくだろう…

最後に彼を見ることができるのはそのときくらい

だろう。 では。」


兵隊さんはそう呟くなり敬礼をして帰っていきました。


最後にもう一度だけ会いたい。

その思いを私は抑え切ることができず

ただただ胸がきゅうきゅうと苦しくなっては眠りにつくことができませんでした。


翌朝。私はずっと空を眺めていました。 

以前はよく見ていたその青空。

ですが私にはその青さも美しい雲も興味はありませんでした。


宙を舞う鳥を見ては彼ではないのかと嘆息し

ただただ彼が空を飛ぶのを待っていたのです。


しばらく経った後でしょうか。

緑色の飛行機が空を飛びはじめました。


私は生憎目がいいものではなかったもので

どれが彼の飛行機だなんて到底分かりませんでした。


しかし幾機か通り去ったあたりで

私の胸を締め付けるどうしようもない苦しみに私は

耐えることができず、

その感情はついに

行き場を失いただ涙を流し始めました。


どうしようなく手を振ってしまう。こんなことは無意味だとわかっているのに。


すでに十機ほど通り過ぎたあたりで私は

こちらへと近づいてくる飛行機に気付きました。

その飛行機はボロく、フラフラと今にも

墜落してしまいそうな具合でした。


まるで目の不自由な人が運転しているのではないか。

そんな具合に。


私は勘付いたのでしょう。

その一際愛おしい飛行機が横を通り抜ける瞬間

叫ばずにはいられなかったのです。


「武尊さん。待っています。いつか‥いつか!」


ビュンと通り抜ける風切り音へと消えた

その音はきっと彼には聞こえてなかったのでしょう。

ですが私は最後に彼が笑っていた気がしました。

私たちが会った時のような

呆れるような優しい笑顔で。


それから数十年のことは一瞬のようでした。

あの病院で医者として働いて。


父のようになれたという自信はありませんが、

少なくとも父に顔向けできるくらいには

医者として善く働いてきたつもりです。


それから街に大きな病院が建って患者さんも少なくなってきた頃私は医者を辞める決心をしました。

今の患者さんを最後に辞めよう。

そう思っていた時でした。


庭に咲いていた赤いペチュニアが枯れかけていた冬の中貴方とまた会ったのです。


「武尊さんっ!」

そう話しかけても返事は返ってきませんでした。


「‥誰の話だ。すまないが私は記憶を無くしているものでね。残りの余生をこの花畑が見える病院で過ごしたいのだよ。」


どうやら記憶を失ってしまったようでした。


ですが貴方ともう一度会えて私は‥


本当に嬉しかった。



それからというもの毎日毎日あなたに花を届けたのです。

おそらく私はあなたをどうしようもないくらいに愛してしまっていたのです。


‥ですが貴方と話すことはできませんでした。


私のことを思い出してしまっては

辛くてしょうがなかった戦争のことを思い出してしまうかもしれない‥。


ですが私は諦めきれなかった。

私が話さずともあなたに思い出して欲しかった

だからこうして花束を‥。

あぁ私は貴方をどうしようもないくらいに

ただ‥ただ。

愛してしまった。



ーーー再び現実へと引き戻される。

彼女のどうしようもなく嘆くような悲しい声

ベットのそばには彼女にもらったあの赤い花があった。


その花を見た時、どうしようもない使命感が私を襲った。

彼女に会わなくてはあの時伝えれなかった思いを伝えなければ。

そんな思いが体を走った時

私はじっとしてはいらなかった。


あなたに、百合にもう一度会いたい。

その思いが私の足を動かした。


ずっとベットの上で寝ていたせいだろうか

細く痩せ細った足ではフラフラとまともに真っ直ぐ

歩くことすらできない。

半分しかない世界のせいで距離感も

うまく掴めずフラフラと体が大きく揺れ

壁にぶつかってはひどく汗をかき

ただただ前へと足を動かす。


まるで片足を失った虫のように醜くみえるのだろう。

だけど‥、だけどもう一度貴方に。


そんな思いを引きずりながら私は

花畑へと走った。


花畑の真ん中あたりだろうか。

月に照らされながら寝そべっている人影が見えた。


必死にその人影へと近づく。

どうやらその人影は、いや彼女は眠っているらしく

すぅすぅと寝息を立てては白くなってしまった

髪を風に靡かせていた。


彼女の顔を見ると伝えたい思いが溢れてきた。

しかし切れた息のせいでうまく言葉にならない。


「ハァ、ハァ」

切れた息を整え必死に話しかける。


「百合私も君にもう一度会いたかったのだ。

そしてただ、伝えたかったのだ

私も君を好いているのだ。と。」

言葉は考えるより先に口からこぼれ落ちいく。


その言葉を吐き出し終わった時

彼女はゆっくりと目を開けて

こう話した。


「ずいぶんと返事に時間がかかりましたね。」


彼女はそう話し終えるとあの時見たように

涙やら鼻水やらを流しては

年月を重ねたとは思えないほど無邪気に。

まるであの時に戻ったように泣き始めた。


「あの時君は待っていると言ったのだろう。」

聞こえなかった言葉はきっとこの言葉だったのだろう。


「…ええ!」


「そうか。ずいぶん待たせたね。百合。

ただいま。」


どこから飛ばされたのかわからない

少し枯れかかった葉っぱは

遠くの場所から長い年月をかけて来たのだろう。

ゆっくりと私の頬へと落ちた。





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貴方とまた会えたら。 てまきまき @332456

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