最終話 無敵の縁結び
【一か月後】
世界はまだ完全に元の姿を取り戻したわけではなかった。
しかし、ヴァニタスの顕現は阻止され、ゼフィラのキューピットの愛の力が徐々に広がり、人々の心には少しずつ希望の光が戻り始めていた。
ゼフィラは人里離れた小高い丘の上で、ひっそりと
そこは彼女が一人で作り上げた、ライアットのためだけの場所だ。
彼の魂が安らかに眠れるようにと、周囲の雑草一本たりとも生えぬように心を込めて手入れを続けている。
誰にも荒らされることのないよう、この場所を選んだ。
ライアットにはもう誰かの悪意に触れて欲しくなかった。
ゼフィラは、小さな花束をそっと墓石に手向けた。
純白のカスミソウと淡いピンクのワスレナグサ。
花束の中心には鮮やかなピンクのゼラニウムが凛と咲いている。
「ライアット……兄貴、あたし、ガレンと付き合うことになったんだ」
墓石に向かってポツリと独り言をこぼす。
頬をかすめる風が、ゼフィラの頬を撫でているようだった。
ライアットが最期にそうしてくれたように、彼が見守ってくれているかのように感じる。
「んー、まだそういうのよくわかんねーけど……試しだよ試し。ガレンはすごく優しいし、あたしのこと大事にしてくれるって言ってくれたから……」
そう言うとゼフィラは照れたようにカリカリと自分の頬を掻く。
「あたし、所長のところに残って縁結びの仕事続けてるよ。兄貴が壊した世界の縁を、今度はあたしが全部結び直すんだ。正直めちゃくちゃ大変だけど、やりがいあるんだよ」
ゼフィラは、ライアットがヴァニタスの力で引き裂いた人々の絆、家族や友人との縁、そして世界各地で生まれた憎悪の連鎖をキューピットの力で少しずつ修復し続けていた。
それは終わりの見えない地道な作業だったが、彼女の心は不思議と満たされていた。
「……兄貴が壊した世界の縁をあたしが全部結び直して、元通りにしてやるから。そこで見てろよ、兄貴!」
ゼフィラはそう力強く言い放つと、振り返ることなくその墓場を後にした。
ライアットの存在はもう彼女の心を縛り付けるものではない。
むしろ、前へと進むための揺るぎない原動力となっていた。
ゼフィラの瞳には未来を見据える強い光が宿っていた。
***
『エヴァー・ブロッサム』へと戻ると、そこはいつもの通り縁を求める人々でごった返していた。
待合室は活気に満ち、相談の声がひっきりなしに響いている。
「ゼフィラ! あちらのお客様をお願いします!」
「また我儘言ってんのか?」
「そうです。お願いします」
フェリックスが慌ただしく指示を出す。
彼の顔には以前のような悲壮感は消え、深い疲労の色が浮かんでいるものの、どこか活き活きとして見えた。
王家再建の重責を背負いながらも、彼はこの縁結びの仕事を続けていた。
それが、彼の
ゼフィラはいかにも尊大にソファにふんぞり返っている客の元へ向かうと、一切躊躇なくその鼻先に顔を突きつけた。
「あんた、また条件に訳分かんねぇこと並べてんじゃねぇだろうな? 『相手:貴族希望で専業主婦希望』ってなぁ……てめぇも働けや! 玉の輿に乗りたいって魂胆が見え透いてるんだよ! そんな金しか見てねぇ女を相手が選ぶわけねぇし、金で結婚しても上手くいかねーんだよ! こっちは慈善事業でやってんじゃねぇ。本当に縁が欲しいなら現実見やがれ!」
我儘な客は、まさかここまで言い放たれるとは思っていなかったのだろう。
一瞬たじろぎ、その後はしどろもどろになりながらも、ゼフィラの言葉に渋々従い始めた。
ゼフィラは精霊の力をほんの少し使って縁結びが上手くいくように促していた。
覚醒したキューピットの力とゼフィラの的確なアドバイスによって、かなりの成功率を誇っている。
キューピットの加護者として、彼女は日々成長し続けていた。
エルフのリーファとドワーフのバルドの正式交際も最近認められて、より一層この国は沸き立っている。
仕事が終わり、事務所の片付けを終えたフェリックスとゼフィラは温かいハーブティーを飲みながら向き合っていた。
外はすっかり日が暮れ、事務所の窓からは街の灯りがきらめいている。
「今日はさ、兄貴の墓参りに行ってきたんだ」
ゼフィラの言葉にフェリックスの表情がわずかに強張った。
彼の心の中では未だにライアットへの憎悪と、血縁の事実が複雑に絡み合っている。
その傷が癒えるには、まだ長い時間が必要なのだろう。
彼はゆっくりとハーブティーを一口含んだ。
「そう、ですか……」
絞り出すような声だった。
「所長が少し時間をくれたから、あたしは兄貴と少し向き合う時間ができた。最期にちゃんと話せて……兄貴の本音を知ることができた。あたしにとって一生の恩だ。本当にありがとな」
ゼフィラは真っ直ぐな目でフェリックスに感謝を伝えた。
彼女にとってライアットの治療をしてくれたフェリックスの決断は、彼を救うための最後の希望であり、何よりも彼女自身の心の整理をつけるための大切な時間を与えてくれたのだ。
フェリックスはカップを握りしめ、眉間に深くしわを寄せた。
「彼は私の兄弟でもあるという事が、未だに信じられません……。未だに、あの魔石戦争の光景が脳裏から離れません」
ライアットの死後、フェリックスは彼の出自を独自に調べていた。
王家の膨大な系譜の記録の中に不自然な空白や、巧妙に抹消された痕跡を見つけ出し、ついにライアットが王家の
憎しみ続けた相手が、まさか血の繋がった兄弟だったという事実は彼の人生観を根底から揺るがすものだった。
そして、その調査の中で王家を滅ぼした「魔石戦争」の真実も明らかになった。
ライアットの言っていた通り、影で暗躍していたのは王家の分家であったこと。
彼らが影牙衆と癒着し、その私欲のために正の王家を滅ぼした罪が公になったのだ。
その結果、分家は追放され今のフェリックスが仮の王として、王国再建の話が進んでいるという。
「ライアットの兄弟ってことは、あたしの兄貴の兄弟ってことで……所長はあたしの兄貴ってことになるよな!」
「なっ……」
「所長兄貴……? 兄貴所長? うーん」
「その呼び方はやめてください」
フェリックスは気恥ずかしさでそう言ったが、もう家族がいないフェリックスにとって妹ができたような気持ちになったのは少しばかり嬉しい事だった。
「なんであたしにキューピットの加護があるんだろな? 兄貴と同じヴァニタスの加護でもおかしくないのに」
不思議そうにフェリックスにそう尋ねると、フェリックスは少し複雑な表情をして返事をした。
「キューピットの加護は心の底から相手を愛し、そして相手に愛された者にしか現れません。ライアットは……歪んではいましたが、家族として本当にゼフィラを愛していたのでしょうね」
その言葉を聞いたゼフィラの目に涙がこみ上げてきた。
もっと時間があれば、違う関係性を築けたかもしれない。
もっと話し合っていたらこうならなかったかもしれない。
後悔してもライアットは戻ってこない。
もう言葉を交わすこともできない。
それでも、確かに愛された証がキューピットの加護としてゼフィラの中にある。
「そっか。じゃ、あたしは家帰る! ガレンが家で待ってるから」
ゼフィラは乱暴に目を擦って涙を拭い、フェリックスに明るい笑顔を見せた。
その笑顔はかつての屈託のなさとは違い、多くの悲しみと困難を乗り越えてきた強さと、優しさを感じさせるものだった。
背負うものは違っても彼女らもまた、それぞれの戦いを続けていくのだ。
「気を付けて帰ってくださいね」
「誰に言ってんだよ? あたしに勝てる奴なんていねーから」
ニヤリと笑って軽く手を振り、ゼフィラは帰路についた。
夜風に吹かれながら馴染みのある道を歩いていく。
街の灯りが優しく彼女を照らしていた。
エヴァー・ブロッサムからそれほど離れていない場所にガレンとゼフィラは家を借りてそこに住んでいた。
けして広くはない家だが、二人で暮らすにはちょうどいい家だ。
ガレンは小さな道場で自分が
正統派武術だけではなく、ライアットとの戦いで得た柔軟な実践的な戦い方。
ガレンはライアットの掲げていた理念をけして受け入れられなかったが、自分を成長させてくれた部分においてはほんの少しの感謝していた。
ゼフィラが家の扉を開けると、温かい料理の香ばしい匂いが漂ってきた。
「おかえりなさい、ゼフィラ」
エプロン姿のガレンがキッチンから顔を出し、温かい笑顔で出迎えてくれる。
彼の視線は以前よりもずっと穏やかで優しさに満ちていた。
「ただいま」
ゼフィラはその温かい言葉に安心して返事をした。
ゼフィラは家族であるライアットの罪を全て
どれだけ時間がかかっても構わない。
それが自分の使命だと強く感じている。
彼女の世界中の人の縁結びをする新しい人生が、ここから始まろうとしていた。
END
______________
最終話までお付き合いいただき心より感謝申し上げます。
この物語が、皆様の心に少しでも残るものとなっていれば幸いです。
少しでも面白かったと思われた方は是非★評価お願いいたします!
皆様の温かい応援が私の次なる創作への原動力になります。
最後まで本当にありがとうございました!
異世界恋愛・結婚相談所 〜無敵のヤンキー相談員の縁結び〜 毒の徒華 @dokunoadabana
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