第三話

 匂の君こと、匂の姫宮と薫こと、薫瑠は源中将や三位少将の自室で語らっていた。


 女房達が用意したお酒やさかなに興じながらだが。匂の君はかなりの酒豪で三位少将と飲み比べをしていた。


「……匂の君、あなたもなかなかにいける口ですね」


「少将殿もね」


「兄上達といるのも何ですし、隣の部屋に行きましょう」


「何でだい?」


「ちょっと、二人きりで話したくて」


 匂の君はその言葉に怪訝な表情になった。少将の下心に直感で気づいたからだ。


「……少将殿、私をどうするつもりだ」


「どうするも何も、匂の君。あなたは気づいていないようですね」


「気づいていない?」


「あなた、元服を済ませていないでしょ。普通は烏帽子を被り、狩衣やら直衣のうし、指貫やらを着るはずですよ。


「え?」


「……そもそも、左の大臣には元服前の子息はいないはずだ。しかも、匂と言う名前は。畏き辺りの血筋の方だと言うくらいには僕でも分かるよ」


 匂の君は絶句した。まさか、男装を見破られるとは。三位少将、なかなかに食えない奴だと思った。


「ふむ、ならば。今から、薫を連れて帰らせてもらう」


「へえ、僕から逃げられるとでも?」


「あんた、何様のつもりだ?」


「何様って言われてもね、姫宮様。女人が男に力で勝てるわけないでしょ」


「……ふん、ならば。薫!!」


 正体を看破された匂の姫宮は大きな声で薫瑠を呼んだ。驚いて後じさった少将の隙を突き、姫宮は懐に入れていた小刀(鞘に収めたままだが)の柄で顎に一撃入れる。


「つぅっ!」


「私を見くびるからこうなるのだ、ではな!」


 姫宮はさっさと小刀を戻すと、薫瑠の元へ駆けて行く。少将はあまりの痛さにしばらくは動けないでいた。


 薫瑠は源中将と二人で簀子縁にいた。今は丁度、見事な満月が空に浮かぶ。煌々と輝く月をゆっくりと眺めていた。


「……薫の君、あなたは稀有な方だ」


「はあ」


「あなたと話していると、はっとさせられる。御仏の教えや横笛、歌。幅の広い見識には感服するよ」


「私は中将様みたいにはなれないですね、考え方がしっかりとはしていませんし」


「そんな事はない、俺で良ければ。いつでも、教えよう」


 熱心に中将は言った。薫瑠は彼がちょっとずつ、近寄って来るので苦笑いする。 


「中将様、距離が近くないですか?」


「そんな事はないよ、友ならばこれくらいは許してくれてもいいだろう」


「……いや、男同士でも顔はくっつけないでしょう!」


 薫瑠は鋭く叫んでいた。そう、中将は彼女の額に自身の頬をくっつけている。要は頬ずりしていたのだが。


「ばれたか」


「あなた、実はむっつりでしょ。変態!!」


「……俺はあなたくらいの年の稚児ちごが好みでね、ついつい頬ずりをしてしまった」


 薫瑠はぞわぞわと手足に鳥肌が立った。いやー!!ほんまもんのやおいだ!!

 つい、薫瑠は内心で謎の突っ込みを入れてしまう。


「薫の君、俺の恋人にならないか?」


「お、お断りします!!」


「嫌よ嫌よも好きの内、必ず不幸にはしないから」


 誰か、助けてー!!薫瑠は涙目になりながらも這いずり、簀子縁から逃げようとした。が、腰が抜けてしまい、立てない。万事休すとなっていた。


「……薫!!」


「あ、匂の兄上!!」


「すまない、お前が部屋にいないから。探すのに手間取ってしまった!」


 後ろから颯爽と現れたのは匂の姫宮だった。肩に手を置き、顔を覗き込む。


「大丈夫か?」


「すみません、腰が抜けてしまって」


「そうか、ちょっと待ってろ」


 姫宮は薫瑠の肩から手を離した。中将を睨みつける。


「……私の可愛い薫に何をした?」


「可愛いね、何もしていませんよ」


 しれっと嘘をつく中将に薫瑠は内心で、額に頬ずりをしていたよな?!と突っ込む。


「ふうん、そうかよ。中将殿、今日はもう帰らせてもらうぞ」


「ご自由にどうぞ」


 中将は興味を無くしたのか、踵を返す。二人を置いて行ってしまった。姫宮は薫瑠に肩を貸しながら、牛車のある車宿まで向かった。

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薫る花の衣は 入江 涼子 @irie05

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