第5話 園芸、はじめました…
テーブルの上には、何枚もの手書きのレシピと、それを元に作られたであろうたくさんの焼き菓子。全て同じ形、同じ名前の菓子…だが、全てが異なっている。それらの材料と配合がレシピ毎に変えられているのだ。それらの製作者である少年は、最後の試食分を一口囓ると頭上の耳を動かした。
「うん、やっぱあの配合のがいいな」
そう呟くと、穏やかに微笑んだ。
数時間後、時刻は昼過ぎ。午前放課のおかげか殆どの生徒達は引き上げて部活や遊びに勤しんでいる。そんな中…
「じゃあ、このプランターが宵月さんのだから自由に使っていいよ」
「お…おぅ…」
ここは園芸部が管理しているハーブガーデンの一画。生き生きと生い茂る草…いやいや、ハーブ達の隣にちょこんと置かれた白いプランターが二つ。ふかふかの土が敷き詰められたそれが、二つも私のモノらしい。マジか。
昨夜、クロ先生に魔女修行の次なるステップの説明を受けた。受けた…が、いきなり生産からやれと?ハーブの扱いすらまだ学んでないのに、育てる所からやるの?!先生…無理です、私の手には負えません。
すると、傍らで説明をしていた園芸部の部長がポンと私の肩に手を置いた。
「…君、植物を育てたことは?」
「小学校の時、朝顔を枯らしました…」
「あぁ…」
すごく残念そうな顔をする。縋るような表情の私に、彼は足元に用意してあったカゴから青々とした苗を取り上げた。
「ま、とりあえず…ミントとかから植えてみたら?ミントは強いし、手間が掛からなくて初心者向きだよ?」
「…やっぱ育てなきゃかぁ…」
正直そこから考え直して欲しかった。そして、部長権限でやめたほうがいいって先生を説得して欲しかった。
何とかプランターに数本のミントとローズマリーを植え終え、やれやれと教室に向かう。そうだ、行きがけに購買に寄って何か買って帰ろう…疲れた時には甘いモノだ。
教室へ続く階段へ向きかけた足を止めて、購買のある廊下の先に向かう。と、今歩いて来た方から名前を呼ばれた。
「宵月さーん、ちょっとゴメン忘れ物」
「あれ?」
振り返ると園芸部部長が、お~いと手を振っている。小走りに近づいてきた彼は、私の手に小さな鍵を置いた。
「これ、園芸部の倉庫の鍵。渡すの忘れてた。部員は皆持っている鍵だから、君にも渡しておくね。好きな時に開けて使っていいから」
「園芸部部長…」
なんていい人なんだろう。部員じゃない、その上突然学園長の指示でやって来たド素人の私に、こんなに優しくしてくれるなんて…。
実をいえば、私は合鍵が無くても学園の敷地内の鍵は『特別なガード』がされていない限り、開けられない物は無いらしい…のだけど、そんな部長の厚意が嬉しくて、その小さな鍵を握りしめた。
「ありがとうございます!大事にします!」
「大袈裟だなぁ。じゃあ、これからよろしく」
お互いに笑い合ったその時、
「宵月」
聞き覚えのある声に視線を向けると、朗がいた。睨むような表情に既視感を覚える。あの表情は寮に来た初日に見たような気がした。でも、今回は微妙に違うようにも見える。…なんて考えている内に、朗は近付いて来ていた。私の横に立ち、部長を鋭く睨む。
「ひっ」
コラッ!部長が怯えてるでしょうが!
「何してる?つか、アンタ誰?」
「誰って、園芸部の部長さんだよ。ハーブを育てる道具を用意してくれたの」
学園長の指示でね!まったく不本意ながらね!
「ふーん?」
「…じゃ、じゃあ、僕は作業があるから!」
それだけ言うと、部長は一目散に走り去ってしまった。最早聞こえてないかもしれないが、鍵ありがとうございますとか言うべきか?
「…まぁ、いっか。で、朗はどうしたの?今日はサボりとか言ってなかったっけ?」
そう、よく見ると朗は私服だ。(既に放課後だから別にいいんだけど)確か今日は用があるとかで、朝糸くんにサボリ宣言をしていたような。すると、朗は不機嫌そうにこちらを一瞥してワシワシと頭をかいた。
「あー…」
「?」
「その、なんだ…」
突然手首を掴まれ、ぐいと引かれた。予想してなかった行動に一瞬、反応が遅れる。朗は私から顔が見えないように背を向けて言う。
「…行くぞ」
魔女、はじめました。2-銀の狼と月の魔女- 火稀こはる @foolmoonhomare
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