第4話 ステップ2

 鉤月さんに連れ出され、見回りと称して敷地内を一周して寮に戻ると、クロ先生が待ち構えていた。どうやら稜さん達は一旦、宿泊するホテルに向かったらしい。

「おかえり。早速で悪いのだけど、由依に大事な話がある」

「え?」

「毎朝の特訓、頑張っているようだね?」

「はい!」

 鉤月さんを相棒としたからには使いこなせないと意味がない。という訳で、魔女修行のステップ1として鉤月さんとの実戦に向けた訓練を毎朝行っている。元々体を動かすことは得意だから苦ではない。

「よろしい」

笑顔で即答した私に先生も笑顔で返した。

「その調子で続けなさい。…では、今日からステップ2を始めようか」

「へ?」

ステップ2…とな?


 クロ先生は、付いておいでと視線で促しキッチンの方へと歩いていく。

「本来、魔女とは薬草学に精通し、その知識で薬を作ったりまじないで凶兆を退けたり…そういう事を生業としてきた」

「や、やくそうがく?」

突然飛び出してきた単語は私の予想の斜め上を行った。そもそも、黒月学園に何とか編入出来たとは言え、その後の成績はぶっちゃけ良ろしくない。毎日の授業でさえ、どうにか付いていってる状況なのに、更に何か難しそうな勉強をせにゃならんのか!と冷や汗が出た。

「う……」

「ふふ、そんな絶望した顔をしなくても大丈夫」

そんな私の様子を察してか、クロ先生は面白そうに笑いながら、キッチンの棚に手を伸ばす。

「薬草学、と言っても高校生が片手間に出来る程度の事しかさせないよ。授業や成績に影響が出ては本末転倒…だろう?」

『それでなくても危うい成績なのに』という副音声が聞こえたような気がした。うぅ…耳が痛いです。

「という訳で、コレだ」

コン、と軽い音を立てて目の前に置かれた物を見下ろす。紅茶の缶に似ている。

「まずは、ハーブティーを淹れられるようになってもらおうかな」

「ハーブ…」

「そう。ハーブは現代の薬草として一番ポピュラーだろうし、効能、効果を理解することは魔女にとって必須と言ってもいい。私も観月先生の元で学んだものだ」

更に先生は慣れた手つきで次々とテーブルの上にアイテムを並べていく。耐熱ガラスのポット、銀のティーコジー、アンティーク調のティーカップセット…全て見慣れた物だが、その中に一つだけ知らないものがあった。

 砂時計だ。と言っても、少し年季の入ったごく普通のそれを先生は指先で示して笑う。

「気付いたかい?実はこの砂時計は、私が見習い時代に観月先生に頂いて使っていた物でね」

「えっ、ばぁちゃんから?」

「『私が採点してあげるから、私の為に美味しいお茶を淹れなさい!』ってね♪」

おぉ…さすがばぁちゃん…。相変わらず人から聞かされるあの人の話は80%の割合で、尊大で横柄な逸話ばかりだ。孫として謝り歩かなくてはいけないのではないだろうか。だけど、それでも愛されていたのだから、彼女はカリスマ的な存在だったのだろう。

「由依、私の淹れるお茶は美味しいだろう?」

「はい!あ、そっか…」

「ふふ、修行の賜物というやつだね。上手くなれば自分のスキルが上がるだけでなく、誰かを喜ばせる事が出来る。…それはとってもお得だと思わない?」

クロ先生がにんまりと笑う。

「…!」

もう一度、砂時計をみる。艶めく漆塗りの木枠が、使い込まれた歴史を語りかけるように灯りを反射している。

「次は由依が受け継いで欲しい。そして、私の為に美味しいお茶を淹れてくれるね?」

「はい!」

と、笑顔で返した私を見て先生も満足そうに微笑んだ。それから、おもむろに耳元に囁きを落とす。

「もちろん、私が教えてあげよう。手取り足取り…全て、ね?」

「ッっ?!」

油断大敵だ…。



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