第3話 稜と頼明
親戚が来た、とは聞いていたけど。
「…改めまして、僕は
「俺は
「…へぇ〜…」
バチーンとこちらに向かって飛んできたウインクは適当に相槌を売って流した。
帰り道で遭遇した軽めな男、朧月 頼明と共に帰宅すると、朗と糸くんと頼明の兄の稜さんが待っていた。とりあえずタルトをお供に自己紹介でも…という流れで今に至る。
「朗の親戚さんって事は、やっぱり狼男なんですか?」
私が尋ねると、稜さんがフフっと笑う。
「はい。とは言え、純血本家の朗君と違い僕らは混血の分家にあたるので、序列的には朗君の方が上です」
「師匠…」
「え、師匠?」
珍しく朗が困ったような声を出したと思ったら『師匠』だと?師匠、もとい稜さんは穏やかに微笑んでいる。
「山間のペンションで料理人をしているんです。朗君がここに入学するまでは料理を教えたりもしましたね」
「へぇ~」
なるほど、それで『師匠』なんだね。
そう言われれば、どことなく今日の朗はいつもよりツンツンしていない気がする。お菓子を作っている時の様な柔らかい雰囲気の朗は、かなりレアだ。それほどまでにこの人は朗と近い関係なのだろう。
鉤月さんがタルトを切り分けて運んできた。紅茶と一緒に客人の前に差し出しながら尋ねる。
「…それで、お二人はどういったご要件で?」
「あぁ、そうでした。今夜、魔女様はご在宅でしょうか?」
「!」
鉤月さんのタルトを配る手が止まった。
「あ、はい」
私は特に気にせずに軽く手を上げて名乗り出る。
「わた…」
「あーーーっと!学園長おかえりなさーい!」
それを遮る様に重なる声。普段ならそんな事言わない糸くんがわざとらしく声を張り上げ玄関へと向かった。呆然と朗を見るが、視線を逸らされてしまう。何なんだ、いったい。
「遠路はるばるご足労頂き、ありがとうございました。お久しぶりですね、お変わり無いようで」
「いえいえ、お互い様です」
クロ先生と稜さん、双方穏やかに微笑んでいるがなんだか底知れない怖さを感じるやり取りを遠巻きに眺める。
「腹黒対決…」
後ろで糸くんが盛大に吹いたが気にしない。私の渾身のボケにも関わらず、朗は通常運転に戻っちゃったし頼明さんは微妙に苦笑いをしている。等とやっている私達をよそにクロ先生から鉤月さんに視線で『由依を離席させろ』という指示が出されていた。もちろん、私はそんなものに気付くはずもない。
「マスター、少しいいですか?」
「え?何、鉤月さん」
「ちょっとこちらへ…」
鉤月さんに腕を引かれ連れ出された私は、この後の会話を聞くことなく、宵闇の中に吸い込まれていくのだった。
「魔女様は…」
「あぁ」
再度同じ話を振った稜に、クロ先生は由依の気配が遠ざかったことを確認してから応じた。
「今の魔女はあの娘だよ」
「…!」
「え?あの娘って、由依ちゃん?!」
従兄弟達は驚愕の声を上げた。それもそのはず、本来『月の魔女』とは大きな魔力を持ち、それを使いこなす境界の護り手。更に先代の魔女・観月は伝説的な人だったから尚更比べた時の落差は大きい。
潜在的に素質を持ち、魔女として歩き出したとは言え、今の由依はまだまだ半人前にも及ばない。いわば、レベル3とか4の仮免ドライバーみたいなものだ。
「マジかよ…」
頼明がハハッと乾いた笑いを零した。
「だってあの娘からはたいした魔力も…いや、そりゃ多少はあるだろうけど…」
「『魔女』としては不十分…ですね…」
「……っ」
稜が見つめると、朗はその視線から逃れるように目を逸らした。
「朗君」
ビクリと朗の肩が跳ね上がったのは、その声の温度が急に下がったと皆がわかる程だったから。稜は深刻そうな声音でハッキリと言った。
「当主の容態が芳しくありません。場合によっては代替わりの儀式が必要…と本家は見ています」
「え…」
突然の報告に朗は、面食らった様に顔を上げた。
「当主のオッサンだけじゃアイツを抑え込めないんだ。今は、俺や力のある奴等で分散して封じ込めているけど、大元の当主が倒れたら手遅れになっちまう」
そう苦々しく言う頼明のVネックから覗く鎖骨には、アザのような紋様が浮き出ている。それは、朧月の家に伝わる『封印の印』。それを見た途端に、朗の顔色が悪くなる。
「朗君…いえ、次期当主。本家にお戻りください」
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