第5話
夜の静寂に、カツ、カツ、と小さな足音が忍び込む。
窓辺から滑り込んだのは、子猫ほどの大きさの妖精たちだった。
干からびた花弁のような肌、濡れた黒目をぎらつかせている。
「……柔らかそう」「ちょっとだけ、味見ね」
眠るエラの顔へと身を寄せ、何体もの妖精が舌なめずりをする。
息をひそめて笑う声は、壊れかけのオルゴールのようだった。
その瞬間。
ボンッ!
エラの身体が煙幕のように弾け飛んだ。
部屋中に舞い散る灰に、妖精たちは目や喉を押さえ、苦悶する。
「ごほっ……な、なに……!? 幻!?」
逃げようとした瞬間、奥の棚の陰から1本のマッチが弧を描いて飛んできた。
カチリ。
火のついたそれが、灰の渦へ――ドォン!
粉塵爆発。
部屋を覆う魔法の結界によって、爆音は封じられ、閃光だけが走る。
やがて結界が解かれ、ヴァレンティナとソフィアが静かに入室した。
「……馬鹿な妖精たち。幻だと気づかずに」
「でも……どうして、ここが?」
ヴァレンティナは警戒を強める。
屋根裏で眠る本物のエラから、幻影を離したはずだった。
そこにアリサが合流し、三人は即座に状況を整理し始める。
「エラの場所が漏れた? ……それとも偶然か」
「どちらにせよ、引っ越しを考えましょう」
だがそのとき――
「ッ、残ってた! 一匹、逃げる!」
ソフィアの叫びとともに、灰の中から1体の妖精がふらつきながら飛び出した。
アリサが追いかけ、ソフィアもすぐさま続く。
「逃がさない。痕跡が残ってるうちに!」
◆
辿り着いた先は、王城だった。
「……は?」
「まさか、ここに繋がってるなんて」
痕跡を追って侵入した二人は、メイド服を拝借して内部へ潜入。
妖精が消えた部屋の扉越しに、二人の人物の声が響いた。
「選別の準備は整っているわ。宴で一気に始めましょう」
王と、フェアリー・ゴッドマザー。
二人の間で交わされる“素材”や“選別”という不穏な言葉。
(この国の中枢が、彼女に加担している……)
二人は息を潜め、その場を離れた。
◆
朝。
王宮から、一通の招待状が届いた。
「舞踏会への招待……?」
エラがそう呟いた時、ヴァレンティナの目が細められる。
「なぜ……今このタイミングで?」
「囮にされる気配、十分」
ソフィアは不快げに声を押さえた。
それでも、ヴァレンティナは決断する。
「逆に好機。潜り込んで、ゴッドマザーを討つ」
エラはまだ何も知らず、二階から降りてきて言った。
「私も行きたいの。……ずっと、夢だったから」
ヴァレンティナの目が一瞬だけ揺れ、すぐに冷たさを装う。
「ダメ。あなたは留守番よ」
ソフィアとアリサも背を向ける。
だが、止めようとしたアリサの指が、ドレスの裾を裂いてしまった。
「ごめっ……」
「……っ!」
エラは声を上げる間もなく、泣きながら部屋へ駆け戻る。
(……今はまだ、巻き込めない)
三人は唇を噛みしめたまま玄関へ向かう。
馬車の御者席にはガスが控えていた。
「よっ、みんな。準備万端……っと、ソフィア、よく似合って――」
「喋らないで」
「はい」
ガスが肩をすくめ、馬車を走らせる。
道中、アリサがぽつりと漏らす。
「……エラ、泣いてた」
「帰ったら謝ろう」
ソフィアが、かすかに呟いた。
「任務が終わったら、全部……話すんだ」
「そのために、まずは無事で帰ることね」
ヴァレンティナは拳を握りしめた。
◆
その頃、エラは部屋で顔を伏せ、破られたドレスを抱きしめて泣いていた。
その時、窓の外で光がきらめく。
ふと顔を上げると、玄関先にボロ布をかぶった老婆がうずくまっていた。
「……大丈夫ですか?」
エラは涙を拭い、玄関に駆け下りる。
「水を……」
か細い声で頼まれ、エラは迷わず水を汲み、差し出した。
老婆はその手を握り、エラの頬に触れる。
「この涙……まるで、上等な飴のようねぇ」
次の瞬間、老婆は杖を一振りした。
破れたドレスが光に包まれ、淡いレースと宝石を纏う見違えるような衣装へと変わる。
「……すごい、魔法……?」
「十二時までしか持たない。けれど、その夢を叶えるには十分よ」
エラは何度もお礼を言い、老婆が用意した美しい馬車へ乗り込んだ。
老婆はその背を見送りながら、そっと口元を歪めた。
「ふふ……いい食材は、見栄えも良くないと」
その声とともに、老婆の顔の一部がひび割れ、フェアリー・ゴッドマザーの輪郭がのぞいた。
──夜の鐘が、ゆっくりと十二回を告げようとしていた。
CINDER CODE(シンダーコード) 清水 臥龍蛇 @taka1549
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