パン屋さん
孝彩
パン屋さん
私はウォーキングが好きで日頃からかなりの距離を歩く。ウォーキング好きは筋金入りで旅行先や出張先でも時間に余裕が出来れば知らない土地でもお構いなしに歩いていた。むしろ知らない土地で歩く方が色んな発見があってむしろ楽しい。あの日も旅行先の知らない土地をワクワクしながら歩いていた。
―
季節は夏、今日は高校時代の友達3人で東北地方のとある町に旅行に来ていた。宿泊先は古き良き民宿で昔ながらの街並みが綺麗なウォーキング好きにはたまらない町だ。
「よーし、明日の朝はこのパン屋さんまで歩いて買ったパンをここの公園で食べよう」
「えー。旅行先まで朝早く起きたくないからパスで」
「私もパス」
「なによー。いいもん!私一人で行くから」
私は結局1人で行くことにした。
翌日7時半、朝早く支度をして民宿のロビーへ行くと女将さんが玄関を掃除していた。
「おはようございます!」
「あら、おはようございます。お早いですねぇ、お散歩ですか?」
「そうです。ここのパン屋さんへ行ってここの公園で食べようかと思いまして」
笑顔で挨拶してくれる女将さん、私は少し興奮気味にスマホのナビを見せながら説明した。すると、最初は笑顔で話してくれていた女将さんからスッと笑顔が消え怪訝な顔つきになった。
「どうかしました?」
「…んー。こんな所にパン屋さんなんてあったかしら?」
「え?…もしかしたら最近できたのかもしれませんよ」
「…そうかもしれないわね。気を付けていってらっしゃいな」
「はーい」
この民宿の女将さんは本当にいい人だし民宿も素敵な所だ。たった一泊だけだがなぜか実家に帰ってきたような安心感すら感じる。
―
スマホのナビを確認しながら順調に最初の目的地であるパン屋へ向かった。パン屋は町から少し離れた山の中にあるとナビに記されていて、周りは鳥のさえずりと早起きの蝉たちの大合唱でとても賑やかだ。
「暑いな…でも、もう少しで着けそう…お?」
朝早くといってもやはり夏、汗が止まらない。するとどこからともなく香ばしいパンの香りが漂ってきた。目的地は近い。
―
「やっと着いた」
8時15分、目的地のパン屋に着いた。大きい店ではなくこじんまりのとした絵本から飛び出てきたような可愛らしい外観の店で私の気分は最高潮。
「なんて可愛いお店なの、朝早く来て良かった」
店の入り口には“商い中”の文字。パン屋さんで“商い中”というのもなかなか珍しい表記で面白い。
―カランカランー
店の扉には大きめのベルが付いていて開閉されるたびに鳴る仕組みになっていた。ベルの音を聞いて店の奥から綺麗な女性が出てきた。店主と思われる女性はこれまたパン屋では珍しく着物を着ていて黒い艶やかな髪を高く結び驚くほど肌が白い、魅入ってしまうほど美しい女性だった。
『いらっしゃい』
「…あ、えっと、はい!」
声もまるで鈴の音のようにこの世の者とは思えぬほど美しく、私は返答がしどろもどろになってしまった。
気を取り直してパンを選んでいると、私の大好きなクルミ入りのパンがあったので迷わず選びレジへと向かう。…驚いた。なんとレジは私たちが知っているあの機械ではなく、そろばんで計算するようだ。
「お願いします。どれも美味しそうで選ぶのに時間がかかってしまいました」
『それはそれは。ありがとうございます。お客様…ここは初めてですか?』
「ええ。こちらには旅行で来てまして。このお店をネットで見つけて来ました」
『ねっと?』
「…(今時ネット知らない人がいるのだろうか?)…はい、泊っている所周辺をナビで見てたらこちらのパン屋さんが載っていたんです」
『…そうでしたか』
レジの計算方法と女店主の反応に驚きつつも私は「他とは違うことをしないと生き残れない業界なんだな」くらいに思い、会計を待っていた。
会計が終わり、買ったパンを受け取り帰ろうとすると店主の女性から思いもよらぬ言葉を言われた。
『お客様、そのパンを食べるときはお気をつけください。食べるかどうかしっかり決めてからお食べくださいね』
「え?それはどういう…」
―カランカランー
言いかけたところで入り口のベルが鳴った。振り返るとそこには…誰も立っていなかった。
「ん?あの扉そこそこ重かったような…」
『いらっしゃい。…そうなの、今日は新しいお客様が来たので私も嬉しいんですよ』
女店主は一体誰と話しているのだろうと思ったが。自分が入ってきた時よりも店内が涼しく、いや少し肌寒さすら感じる気がする。
「す、すみません、帰りますね!ありがとうございました!」
『おや。また来てくださいね。ありがとうございました』
私はなんだか気持ち悪いような気がして足早にパン屋を出て公園へ急いだ。公園には散歩している人が2人、ジョギングしている人が1人居て私は少し安心した。そして、買ったパンを食べながら先ほどのパン屋の事を考えているときにふと女店主に言われたことを思い出した。
「あ…何も考えずに食べちゃった…」
散歩している人2人、ジョギングしている人1人、血だらけの服を着てベンチに座ってる人1人。
「え…うそ…でしょ?」
―
皆さんは、“黄泉竈食(よもつへぐい)”というのを知っていますか?イザナミノミコトという女神が黄泉の国の物、つまり死人の国の物を食べてしまったがために夫であるイザナギノミコトがいる現世に帰れなくなるという出来事なんですが…皆さんは信じますか?信じていますか?…信じていた方がいいですよ?
あるパンを食べてからというもの人ならざるものが見え、あの世とこの世の境が曖昧になってしまった私が言うのだから本当です。まぁ、帰ってこれないわけじゃないだけマシですが…
―この話は神話やおとぎ話ではありません。実際に身近に起こる出来事ですから皆さんもくれぐれもお気をつけください―
パン屋さん 孝彩 @ko_zai
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