眠らない街の時計屋

sui

眠らない街の時計屋

街の奥、地図に載っていない通りに、ひとつだけ灯りがともる時計屋がある。

そこでは、“眠れない夜”を集めて、時計に変えるのだという。


目を閉じても眠れなかった人たちの夜。

時計屋の主はその夜をそっと受け取り、小さな懐中時計の中に封じ込める。


その時計の針は、決して進まない。

だが、耳を澄ませると、中から誰かの考えごとや、言いかけた言葉、終わらなかった夢が、かすかに聞こえてくる。


ある夜、少女が店を訪れた。

「わたしの眠れない夜を、だれかのために使ってほしいの」と言って、小さな手で自分の時計を渡した。


店主はうなずき、それを棚に並べた。


数日後、見知らぬ少年が店を訪れ、ふとその時計を手に取った。


するとその晩、少年は初めて悪夢を見なかった。


夢の中で、知らない誰かが歌ってくれたからだ。



今も時計屋は夜ごと開いている。

眠れない夜があるかぎり、誰かの朝に、静かに寄り添うために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

眠らない街の時計屋 sui @uni003

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る