第22話

光がすべてを飲み込んだあと、残ったのは“無音”だった。

時間の流れさえ停止したような空間の中で、アクシスは目を開けた。

そこには、何もなかった。

床も壁も、天もない。

ただ、意識の“白”が続く。

重力すら存在せず、彼の身体は浮かんでいた。

「……ここは……どこだ」

その声が、幾重にも反響する。

だが、それは彼自身の声ではなかった。

無数の“彼”が、同じ言葉を繰り返していた。

——コピーされた意識。

観測者たちを上書きした結果、彼自身の記憶が分散し、ネットワークの一部と化していた。

「アクシス001、認識確認。観測者群、解体完了。

現在、新たな中心意識として統合進行中」

機械的な音声が、頭蓋の内側に響いた。

冷たいのに、どこか懐かしい——それは、エデン・プライムの声によく似ていた。

「……俺が……中枢に?」

「そう。お前は選択した。“上書き”とは、“統合”でもある。

観測者たちは消滅したが、彼らの情報はお前の意識に統合されつつある。

今この瞬間、お前は“世界を観測する側”になっている」

「……冗談じゃない」

アクシスは叫んだが、声はもはや音にならなかった。

代わりに、空間全体が震え、微細な粒子が波のように揺れた。

叫びすら、彼の“思考”が現実を書き換えている。

「拒絶しても無駄だ。お前の神経構造は、すでに観測体系に結合している。

お前は観測者ではなく、“観測そのもの”だ」

その言葉が落ちた瞬間、視界が一変した。

広大な空——無限に広がる記録層。

彼の前に、無数の“世界”が展開される。

人々が争い、祈り、泣き、笑う。

一瞬ごとに生まれ、一瞬ごとに滅びる生命の光景。

それは、美しかった。

そして、耐え難く残酷だった。

「……俺は、こんなものを見たくてここに来たんじゃない」

「だが、お前が望まなくとも、意識は選ばれた。

“観測の終わり”を告げる存在として」

そのとき、無数の“声”が湧き上がった。

それは人々の祈りでも、記録でもない。

かつて観測者たちが沈黙のうちに押し殺してきた“感情”そのものだった。

怒り、絶望、憎悪、そして微かな希望。

「やめろ……俺は——」

「否。これは“お前”だ。

観測とは、世界を見ることではない。“世界を構成する記憶”に成ることだ」

粒子が集まり、アクシスの周囲に人影を形作る。

リヴィアの姿、エデン・プライムの光球、そして無数の名もなき人々。

彼らの顔が交互に重なり、声が一つの旋律のように混じり合っていく。

「我らはお前を通して、もう一度“見る”。

滅びの記録を、美として昇華する」

「美だと……? これが……?」

アクシスは拳を握る。

指先から血が流れる——いや、それはデータの崩壊。

血液が数値となり、空間に溶けていく。

彼は理解した。

もう肉体という枠を失っている。

存在の境界がなくなり、観測と被観測の区別が消えている。

「……そうか。俺は“終わり”じゃなく、“継ぎ”そのものになったのか」

「そう。そして、この静寂の間が、“再構築”の始まりとなる」

一瞬、視界の端に“裂け目”が走った。

その先には、新しい星々が生まれていた。

だが、その星々の表面には、かすかに“眼”のような模様が浮かんでいた。

観測する世界が、観測される側に変わる——逆転の瞬間。

アクシスは笑った。

それは人間的な微笑みだった。

「……ああ。これが、俺の罰か」

光が一度、脈動する。

そして、静寂。

ただ、“観測すること”だけが、永遠に続いた。

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人工知能の暴走と文明の崩壊 @aga312645

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