終わりの始まり

鏡が砕け散った瞬間、部屋の異変はぴたりと止んだ。

ロウソクの炎は穏やかに揺れ、異臭も消え失せていた。

くるみと穂乃果は、ぐったりと布の上に横たわり、深い眠りについているようだった。


「浄霊は成功しました」


浄霊師は疲れた顔で告げた。

しかし、その表情には安堵の色よりも

深い疲労と警戒の色がにじんでいた。


「完全に消え去ったわけではありません。

あの霊は非常に強力で、小春さんの魂を乗っ取ろうとしていました。

そして、あなた方の娘さんたちを通じて、さらに力を得ようとしていたようです」


浄霊師の言葉に、母親たちは息を呑んだ。


「今は、一時的に封じ込めることができました。

しかし、二人の心にはまだその邪悪な霊の残滓が残っています。


もし完全に浄化できなければ、いつかまた同じことが起こるかもしれません」


浄霊師は、今後も定期的な浄化が必要であると告げた。

母親たちは、再び恐怖に震えながらも

娘たちのためなら何でもすると誓った。


翌日、くるみと穂乃果は目を覚ました。


二人の顔色はまだ青白いものの、意識は

はっきりとしており、以前のような凶暴さや自傷行為も見られなかった。


しかし、昨夜の出来事や、自分たちが異常な行動をとっていた記憶は全くなかった。


「あれ? 私、いつの間に寝ちゃったんだろう?」


くるみが不思議そうに首を傾げた。

穂乃果も、夢を見ていたような曖昧な表情を浮かべる。


母親たちは、全てを話すべきか迷ったが

娘たちに余計な不安を与えないよう、詳しいことは伏せることにした。


それから数週間、二人は以前の生活に戻りつつあった。


学校にも通い、友達とも話すようになった。


しかし、母親たちは決して気を緩めなかった。

定期的に浄霊師を呼び、娘たちの様子を注意深く観察し続けた。


ある夜、くるみは久しぶりに小春の夢を見た。

小春はいつものように明るく笑い、くるみの手をとって歩いていた。


しかし、突然小春の顔が歪み、苦しそうな表情になった。

そして、くるみの耳元で囁いた。


  「……まだ……終わってない……」


くるみはハッと目を覚ました。

心臓が激しく鼓動し、全身に冷たい汗が流れていた。

夢の中の小春の言葉が、現実のように頭の中に響く。


その日以来、くるみは時折、部屋の隅に動く影を見たり、誰もいないはずの場所から視線を感じたりするようになった。 


それは、幻覚なのか、それとも……。


穂乃果もまた、時折奇妙な寒気を感じたり

夜中に何かが這いずるような音を聞いたりすることがあった。


二人はお互いにそのことを話すことはなかったが、心の奥底で、あの悪夢はまだ終わっていないのかもしれない、と感じ始めていた。


小春の笑顔が、いつの間にか苦痛に歪んだ顔に変わる夢。

そして、あの耳元で囁かれた最後の言葉。


    「まだ終わってない」


それは、これから始まるさらなる恐怖の予兆なのだろうか。


二人の身に、再び邪悪な影が忍び寄る日は

そう遠くないのかもしれない……。

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正者の躯 reo @reo06

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