ある魔女の気まぐれ

香屋ユウリ

気まぐれじゃな

(もう一度、世界が終わる)


 大気中の魔力が暴れていた。風が吹き荒れ、強烈な雨粒が顔面を叩き続ける。


 曇天の空の下。白波が激しく打ちつける浜辺の上にたった一人、十五歳ほどの比較的幼い見た目をした魔女が立っていた。肩まで伸びた銀色の髪は絹のようで、その一本一本が月光のように輝く。瞳はそれを際立たせるかのごとく夜空であった。

 

 表紙の文字がすっかり掠れてしまった書物を左手にそっと抱き、魔女は静かにため息をつく。


「結局ここに来てしまった、の」


 世界の滅亡は輪廻の一部であり、必然のことである。海は荒れ、人類が形成した万物が飲み込まれていく。建物も、愛しき者も、記憶や思い出さえも海の藻屑になるのだろう。自分の役割は、ただそれを見届けるだけ。


「そのはずだったんじゃが……」

 

 魔女はゆっくりと、書物のページを一枚一枚確認するようにめくる。そして開いたのは、一千年前の出来事が書き連ねられた童謡の一場面。


 描かれているのは、分厚い黒雲の下で怒り狂う海と、そしてその分厚い雲から虹を生み出す少女の姿であった。


 不思議と童心をくすぐられるような気がして、自然と笑みがこぼれてしまう。その瞳には、爛々とした意志が宿っていた。


 雲の向こうで、雷鳴が轟く。雨足が、より一層勢いを増す。海上に巨大な風の渦が出現し、空気中の魔力がビリビリと悲鳴を上げる。


 そろそろ頃合いか、そう呟いた魔女は胸に右手を添える。瞼を下ろして、魔力を全身に循環させ、そして。


 銀色の髪が、激しく靡いた。


「空に、虹を」


 その言葉と共に、七色の魔力が全身からあふれ出し、魔女を中心に渦を巻いた。それは天を穿つ一筋の光となり、曇天の空に弧を描きながら流星のごとく駆けてゆく。


 次の瞬間──灰色だった空に、蒼天の軌跡が生み出された。


「ははっ」


 今にも暴発しそうだった雨脚はたちまち弱まり、風もあっという間に穏やかになる。先ほどまでの荒れ模様が嘘だったかのような静寂が、たった一つの魔法で訪れてしまった。


 空に降ろされた虹の架け橋を眺め、魔女は思わずくつくつと笑いをこぼす。


「こういう光景も、悪くはないの」


 そう言って、書物についた汚れを新品の布で撫でるように拭き取る。そしてちらりと最後に空に目を向けてから、静寂の中へと一人姿を消したのだった。


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ある魔女の気まぐれ 香屋ユウリ @Kaya_yuri

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