ヒのない神様

Zamta_Dall_yegna

ヒのない神様

 私に声かける者があった。その人は自らを守護神と名乗った。


 まだ学生の身分であった頃、私は悩みが尽きずにいた。悲しみに明け暮れた夜は数しれず、ただ疲れたときに闇に身を委ねるばかりであった。


 暗闇をもがき苦しんでいると、どこからか人の声が聞こえてきた。彼の者は名乗らず、自身を守護神であるとだけいった。私は、何者でもいい助けてほしい、と思っていたために彼を歓迎した。


 かくして、守護神と私の同居生活は始まった。知らぬ物を見れば、守護神はやれ読みが違うだのこうだのと、教えてくれた。私はそれを、うんうんと言って聞いていた。守護神は教えたがりであったので、私の至らぬ部分を補ったり咎めたりするようになっていた。


 ある日、私は彼にこう問うた。

 「なぜ、私に取り付いた。他のものではまずかったのか。」

 彼は、静かにこう返した。

 「俺はお前が必要としていると思うてここに来たまでだ。」

 私は摩訶不思議なこともあるものだと、感心した。笑う気配がした。彼はきっと何かを企んでいるような顔をしているに違いない。私はいつしか世間とは逸脱していったが、寂しさなどは微塵も感じはしなかった。彼が傍にいたからだ。


 親は決して私の方を見なかった。それは、私がおかしな怪物だと思うてのことだろうと思う。何を云っているのかと思うかも知れぬが、何も不思議はない。私は決して善良な人間ではなかったのだ。善や悪で物事をとらえ、先ばかりを見て、周りのことを考える脳を持たなかったのだ。ただ、私の思うがままに行動し、その結果、手におえぬ怪物と思われたのだ。


 昔から理解者など持たぬ私であったので、守護神は天からの授かりものだと思うようになった。細い心を支える存在、たった一つの命綱。それが彼だった。私は彼なしでは生きられないのだ。


 朝露が目にとまり、紫陽花が綺麗に花ひらく。ここは庭園だ。日本庭園見たさに私は遠出をしていた。綺麗な空気は気分を晴れやかにし、朝露の美しさは心を洗った。悲しみに満ちても、こうして息をしていた。彼は紫陽花には浄化作用があると耳元で囁く。私もそんな気がして来て、楽しさを覚えた。


 1人の陰に2人分の重みを感じる。ヒのない神様は、彼を与える代わりに、彼から肉体を奪った。私たちはお互いを分かり、会話はできれど一度も相手の顔を見ることは無かった。


 それは幸福であるが、とても悲しいことであった。

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