女王トミュリスの復讐

九月ソナタ

女王トミュリスの復讐

 紀元前六世紀頃の話である。


 遊牧民スカイタウスの娘は鷹の扱いがうまく、「鷹のトミュリス」と呼ばれていた。 鷹を片手に、馬を操るその姿は、マッサゲタイ族の誇りだった。

 やがて、彼女はマッサゲタイ族を率いる女王となり、民の命運をその双肩に背負った。

 

 ある日、ペルシアの王キュロスが未亡人の彼女に、婚姻の申し出を届けてきた。


「同盟を結び、血を流すことなく国をつなごうではないか」


 だが、そこにはマッサゲタイ族をペルシアの支配下におくという意志が見えた。


「断る」

 トミュリスは毅然と申し出を拒み、すべての対話は決裂した。


 それを受けて、キュロスは別の策を打った。

  軍を撤退させたふりをして、酒と食糧を置き去りにした野営地を用意した。ある夜、その場にトミュリスの息子スパルガピセスが率いる先鋭部隊が足を踏み入れた。

 マッサゲタイの民は強い酒に不慣れだった。兵士たちは酒の香りに気を緩め、一口飲んでみたら、それはおいしい。至福の気分に浸りに、つい、たらふく飲んでしまい、酔いが回ってきて倒れた。


 その隙を突いて、キュロスの伏兵が襲撃した。

 スパルガピセスは酩酊のなかで捕らえられ、目を覚ました彼は、母の名に泥を塗った自責に耐えられず自ら命を絶った。


 この報せを受けた時、トミュリスは涙を見せず、馬に乗り、剣を掲げた。


「さあ、行くぞ」


 マッサゲタイ軍は女王に従って、ペルシア軍の中に突進した。砂塵が巻き上がり、鬨の声が戦場に響き渡った。

 先頭に立つトミュリスは、研ぎ澄まされた剣を夕陽に煌めかせ、獅子のような勇猛さで敵をなぎ倒していった。


 彼女の傍らでは、仇討ちに燃えるマッサゲタイの戦士たちが、怒涛の勢いでペルシア軍に襲いかかった。不意を突かれたペルシア軍は隊列を乱し、みるみるうちに押されていった。

 トミュリスの指揮のもと、マッサゲタイの騎馬隊は草原を駆け巡り、ペルシアの兵士たちを容赦なく蹴散らした。勝負は、マッサゲタイ軍にあった。


 トミュリスが叫んだ。


「キュロスを探すのだ」


 キュロスの遺体が運ばれると、トミュリスはその首を切り落とし、味方の血で満たされたたらいに、その顔をつけさせた。


「スパルガピセスが酒を飲んだように、おまえも飽きるまで、飲むがよい」

            

          

              了

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