雨の中でダンス

季節は夏に差しかかり長かった袖も短く、滴る汗も多くなってきた。今日は朝から雨が降っており下校の時間になってもその勢いは今朝と同じような状態だった。

二つ横に並んだ傘が校舎から出てくる。片方の黄色の傘は意味もなく上下に揺れており足取りも軽い。度々右回りに後ろを見ては「早く早く!」ともうひとつの黒色の傘を急かしている。「待ってくださいよ!」と置いてかれないように早歩きだ。

雨足が強くなっていく。しばらく進むと公園の前で後を追っていた傘が止まる。それに引っかかる様に黄色の傘も止まった。

「なになに?どうしたの!早く行こうよ!」と首を傾げながら後ろの後輩に声かける。

後ろの後輩の男子は深呼吸して、真っ直ぐと先輩を見つめる。グッと拳を握り「先輩!変なお願いをします!」と普段なら出さない大きな声でハッキリと先輩に問いかける。

「僕と!今!踊ってくれませんか!」

先輩と呼ばれた長い黒髪の女の子はキョトンとただ後輩を見て言われた言葉を脳で処理していた。一方の後輩もただ固く閉じた拳がわなわなと震えだし顔も真っ赤になっている。

暫くの沈黙の後、あはは!と女の子は笑い出す。今度は逆にキョトンと後輩が見る、「……でお返事は……?」とようやく出た言葉はとてもか細く雨で掻き消えそうな程である。

「いいわよ!でも、そこまで言うならエスコートしてくれるんでしょ?」と傘を畳み白い手を差し出す。髪がしっとりと水分を含み頬に滴る。それを聞き何故か泣きそうになってしまう。それでも堪える。目を閉じ目の前の女性にしっかりと目を合わせる。二人が見つめ合う。

その手をしっかりと取った。まるで大切なものを受け取るように、引き、導くように。片方は腰に手を添え片方は肩に手を乗せ。それぞれの手をしっかりと握る。動き出し、思うように回る、今回が初めての舞踏とは思えぬほど二人の歩調、ターン、息遣いがピッタリと噛み合っていく。まるでピアノが聞こえてきそうな、まるでシャンデリアで輝いた空間のような、雨でさえも彼らを演出するように。二人は言わずとも笑顔になっていく。

僅かな時間の舞踏ではあったが二人の動きが静かに止まった。

「…ふふふ、あはは!楽しかった!いつの間に練習したの?ビックリしちゃったよ!」

「…実はこっそり練習してたんです。見よう見まねで鏡見ながら。」頬をかきながら先程まで見れていた顔も見れずそう言う。

「久しぶりに踊ったな…。でも雨の中だったけど。」

「それは…すみません。でも…。」

「いいの!」と割り込む。後輩はようやく先輩の顔を見る。その様子は怒ってはいなかった。寧ろココ最近で一番の笑顔であった。

「また踊ろ!出来れば雨の日に!」その笑顔を見て言葉を聞いた時、後輩の頬に少し多く雨が滴る。同じく一番の笑顔で「はい、今度もまた踊りましょう。」

お互いに何か温かい何かが宿る。この気持ちにはきっと名前が無い。これからつくものなのだと思う。

「よし!このまま走っていこ!」と既に走り出した。

「えっ!ちょっと先輩待ってくださいよ!」とそれをすぐに追いかける。

卒業はもう間近だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

掌の上の物語 @kumanoyumeharu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ