20 新たな事件

 「どうです? あの男」


 と夕海は建英の部屋から出るや否や話し出す。その隣を歩いていた美桜は「ん?」と少しだけ首を傾げた。


 「なにって……まあ、虐待をしていた親としか思ってないけど」

 「本当にそれだけでしょうか」

 「どういうこと?」

 美桜は足を止める。少し先で夕海も止まると、美桜に振り返った。


 「だって……何だか匂うんですよ。あの男、何か隠してる」

 「何かって?」

 「何かって……何だろ……」


 口籠もる夕海を美桜はただ一瞥した後、彼女の隣に並び、少しだけ彼女の顔を覗くような格好になった。


 「刑事の勘ってやつ?」

 「そう! 多分それ」

 「でも私には分かんなかったけどなぁ……。夕海には分かって、私には分からないことってあるのかな」


 再び歩きつつ、独り言のように呟く美桜。そんな彼女の傍を夕海は歩く。


 「私は何となーくってことですかね。あの人、確か〝元狩人〟って言っていたし」

 「ああ、そう言えば」


 「だから多分──きっとあの人が虐待を行うようになったのには訳があると思うんです。同情は当然出来るわけがないけど、少しでも知っておくのが我々刑事の……ってちょっと⁉」


 顎に手を添えながら話していた夕海の頭を、隣の美桜が突然ワシャワシャとし始めた。あまりにも突然の動作に夕海は驚き、美桜から少し距離を取った。そして彼女の二の腕と手首を取り、そのままマンションの床に強くたたき付けた。


 「……いたた」

 「大丈夫ですか⁉」

 心配そうな目つきで夕海は倒れている美桜に駆けつける。


 「急に投げるなんて……」美桜は腰を押さえながらその場に立ち上がる。「夕海、立派な刑事になったな」

 「え」

 目をパチクリさせる夕海を見て、美桜は口角をシニカルに上げた。


 「さてさて……署に戻りますか」

 「ええそうですね……」

 「ん、何かあった?」


 少しだけ言葉のトーンを下げ、携帯の画面を心配そうに見つめる夕海を見ながら美桜は首を傾げる。その途端、夕海は顔を上げて携帯の画面を美桜に見せた。


 「……たった今上司から入った話なんですが、河川敷で中学生らしき子どもが刺殺されたとの情報が入ったそうです。しかも──吸血者によって血を吸われたと思われる二つの穴が首筋に残ったまま」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

吸血者探偵は記憶を吸う 青冬夏 @lgm_manalar_writer

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ