Secret Mission(伊勢美灯子&忍野密香)

「伊勢美灯子。俺と付き合え」


 突如生徒会室に響き渡ったその声は、中にいた僕たちの活動を停止させるには十分だった。


 副会長その他雑務諸々を務める墓前先輩、生徒会長である僕。固まる僕たちに構わず、突如入ってきたその人物──忍野密香さんは、ツカツカとこちらへ近寄って来た。そしてぐい、と顎を掴まれる。


「二度は言わないぞ」


 じ、と見つめられる。温度のないその瞳に、意図は見えなかった。


 視界の片隅で墓前先輩が動こうとしたのが見え、僕は片手でそれを制す。彼が止まったのを見届けてから、僕は口を開いた。


「念のため聞きますが、それは交際関係を持て、という?」

「ああ、そうだ」

「随分と乱暴な告白ですね」

「膝を折ってきちんと愛を乞うのがお望みか?」

「……」

「……」


 黙って睨むように見つめ合う。もちろんそこに愛など見えない。


「……悪いようにはならない。お前にとっても、お前の大事な人間にとっても」


 そして忍野さんは小さな声でそう告げる。その言葉に僕は微かに目を見開き……すぐに伏せた。


「……分かりました。では今から恋人関係ということで」

「は!?」

「理解してくれたのなら良かった」


 僕の返事に墓前先輩が遂に声をあげ、忍野さんは僕から手を放す。僕は席から立ち上がり、彼を見上げた。


「恋人らしく、デートでもします?」

「そうだな。用意している場所がある。退屈はさせない」

「そうですか。それは楽しみです」


 手元の書類にメモを書き込んでおく。忍野さんはとっとと踵を返し、生徒会室から出てしまった。


「会長、今のは一体……」

「まあ、僕が良かったんじゃないですかね」

「良かった、って……」

「恐らく今日は帰ってこないかと思います。……これ、お願いしますね」


 メモをした書類をそのまま手渡す。墓前先輩は訝しげな表情でそれを受け取り、僕は軽く手を振って生徒会室を後にした。





 車に乗せられ、辿り着いたのはなんだか大きな建物。微笑んだ忍野さんにエスコートされ、流れに身を任せていると気づけば僕はパーティードレスのような格好になっていた。


「とても良く似合ってるよ。君のために選んだ甲斐があった」

「……ありがとう。貴方も、よく似合ってる」


 僕が着飾られている間に、忍野さんも着替えを済ませたらしい。スーツ姿になっていて、まあ好青年って感じだ。

 手を差し出され、僕はそこに手を重ねる。それとなく腕を組むように誘導されたので、軽く抱き着くような体勢になっておいた。そのままエスコートされ、入ったのはパーティ会場。


「ハル、お待たせ」

「お~、遅かった、」


 な、という口の形で、声を掛けられたハルと呼ばれた青年──泉さんが止まる。僕としっかりと目が合った。


「……ハルさんもいらしてたんですね。こんにちは」

「こ、こんにち、え」

「ふふ、どうしたんですか? 口が金魚のようになっていますよ」


 先手は打っておく。僕の言葉に、泉さんは驚いて言葉を失ってしまったようだ。

 ……というか、僕も一応驚いているのだけれど。だって泉さん、アイデンティティの大部分を占める青髪が、黒髪になっているのだから。……ここに入るに際して、目立つから染めた、とかだろうか。


 心の中で勝手に納得してから僕は気を取り直す。で、何のパーティなんだこれは。


「シノブ、なんでいせ、んん……アカリが、ここにいるんだよ」


 泉さんが少しだけ考える仕草を取ると、忍野さんにそう尋ねる。勝手にアカリと名前を付けられた。「灯子」だからか?


「なんでって、パートナーの同伴OKって話だっただろ?」

「話だったけど、いやそれにしても……あー、アカリ、良いのか?」

「……」


 いいわけないでしょう。という言葉は飲み込む。こちとらまだ状況がきちんと飲み込めていないのだ。


「……この人が、どうしても私と来たいって言うから」


 ぴく、と忍野さんの体が少しだけ動く。見上げると、その猫を被った笑顔に少しばかり苛立ちが入っていた。……理由も説明されず連れて来られたのだ。このくらいの煽り、可愛いものだろう。


「ね?」

「……ああ、そうだね」


 トドメに笑いかけてやると、彼は僕から目を反らしつつそう頷く。残念、と僕は心の中で笑った。


「……きもちわりぃな、お前ら……」


 思わず、という感じで泉さんが感想を吐き出す。酷いなぁ、と僕たちは同時に告げた。被せて来ないでほしい。





 さて、ここまで説明は皆無だ。そして説明しようという気概を全くもって感じない。忍野さんだけでなく、泉さんもだ。……だから僕が連れて来られた理由は、この中だけで完結すること。既に〝何か〟は始まっているのだ。

 というわけで僕は忍野さんと行動を共にしている。彼は知らない人と名刺(どうせ適当に作ったものだろう)を交換し、経営状況とかそういうのを楽しそうに話している。いやどんな設定でここに入ったんだ。そして僕は微笑んでいるだけで、まあ暇だ。


 起こるなら早く何か起こってくれないか、と最悪な考えが頭を巡る。仕方ないではないか。どっかの誰かさんと違い、愛想笑いは得意じゃないのだ。


「アカリ、連れ回してすまないね。疲れてはないか?」


 すると忍野さんが僕の顔を覗き込むと、そんなことを尋ねてくる。これは、と思い、僕は口を開いた。


「そうね……少しどこかで休憩したいかも」


 僕の答えに満足したらしい。忍野さんは笑って頷くと、近くにいたウエイターを呼び止める。そして何かを受け取っていた。


 パーティ会場を出て、少しばかり廊下を歩く。どうやら頭の中に地図は入っているらしく、その足取りに迷いはなかった。

 そしてとある部屋の前に辿り着く。先程ウエイターから受け取ったらしき鍵を使い、忍野さんは部屋を開けた。


 扉を閉め、忍野さんはすぐにベッド脇に向かうとそこに置かれたメモ帳を手に取り、何かを書き込んでこちらに見せた。


『会話を誰にも聞かれないようにどうにかしろ』


 どうにかしろって、と思いながら僕は「A→Z」を使用する。……まあ、僕たちから2メートル以上離れた場所に行くと、声が自動的に消えるようにしておいた。僕はため息を吐く。


「で、くだらない茶番をさせた意味はなんですか」

「お前交際経験ないだろ」

「質問に答えてもらってもいいですか」


 忍野さんは懐から拳銃を取り出し、軽く状態を確認しながら告げた。


「恋人で潜入した方が都合良いんだよ。キメセクするやつが多いからな」


 そう言うと忍野さんは何かを取り出して僕に投げつける。反射的に受け取ると、それは白い粉が入った小袋だった。なるほど、先ほどのウエイターからは鍵とこれを受け取ったと。


 ……。


「え、僕たちそういうことしてると思われるの死ぬほど嫌なんですけど」

「残念だったな、後の祭りだ」


 ちなみにそれは押収品だから、と言われ僕は小袋を投げ返す。こんなもの1秒だって長く持っていたくない。


「ま、表向きは大企業の交流パーティ、裏では薬の売買が行われている。俺たちはその現場を押さえに来たわけだ」

「……手伝えってことですか」

「理解が早いじゃねぇか」

「最初から戦力に数えて連れてきてたくせに」


 僕は「Z→A」で日本刀と鞘を取り出す。鞘は腰に巻き付け、日本刀をそこに収める。


「戦力は」

「主催側は警備に数多の異能力者を用いている。ざっと50人。薬というドーピング付きだ」

「……」

「会場にいるやつら、誰1人として逃がすなよ。聞かなきゃいけないことは山ほどある」

「……」

「じゃ、行くか」

「帰りたい……」





 というわけで装備をして会場に戻って来た僕たちだったが。

 そこで僕は、彼が僕を連れてきたもう1つの理由に気付いた。


「……言葉」


 僕に呼ばれ、彼女は顔を上げる。相変わらずの無表情で僕を見つめた。


「……灯子。迎えに来た」

「えーっと、あの山は……」

「……なんかめんどくさかったから」


 見えるのは、人が積み上がって出来た山。そこから彼女は降りてきたのだ。彼女がやったことは火を見るよりも明らかで。


「……忍野さん」

「なんだ」

「責任取ってくれるんでしょうね」

「俺じゃなくて泉がな」

「も~~~~っ!!!! 俺そんな万能じゃないんだからね!?」

「最初から万能なんて欠片も思ったことないから安心しろ」

「わ~~~~こいつ殴りたい~~~~」


 そして言葉を追いかけるように来たのは、泉さん。分かりやすく青ざめ冷や汗を流していて……可哀想。


 忍野さんが僕を連れてきた理由。……まあ言い包めたらそれなりに上手く立ち回ってくれる、年の近い女性が僕だったから。そして……僕を連れてきたら、忍野さんを警戒している言葉は僕を心配して追いかけてくる。大方、墓前先輩から無理矢理聞き出したのだろう。一応先輩には「言葉にはこのことは伝えないで」とメモ書きを渡しておいたんだけど……こう言っちゃあれだが、先輩じゃ言葉に敵わなかったのだろう。

 まあとにかく、これから行われるのは戦闘なわけだし……戦力は多いに越したことは無いと、そういうことなのだろうと思う。


 本当、迷惑過ぎる話だ。こちらは波風立てず平穏に過ごしたいと思っているのだから、巻き込まないでほしい。


「……灯子」

「ん? どうしたの?」

「……怒ってる?」


 するとそこで言葉が、恐る恐るといった様子で、小さな声で尋ねてくる。僕はどう答えようか迷った。……だがこうして呑気に話している間にも、言葉が倒したはずの異能力者たちが起き上っている。その目は虚ろで、薬の効力をこうまざまざと実感させられた。まあつまり、あまり悠長に話している暇はない。

 僕は苦笑いを浮かべながら答えた。


「終わったら説教かな」

「え」

「でも、僕は1人だと弱いから……一緒に戦ってくれるなら、そんなに心強いことは無いよ」


 そして手を差し出す。言葉は少しだけ瞳を揺らすと、そっとその手を重ねた。

 さあ、早く終わらせて帰ろう。



「……密香~、あの~、あの湿度を俺に見させるために呼んだわけじゃないよね?」

「んなわけねぇだろ。変なこと言ってないで動け」

「え~~~~これ俺が悪いの~~~~????」

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2025年12月12日 17:00
2025年12月19日 17:00
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明け星学園 Star Tails 秋野凛花 @rin_kariN2

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