1-9 夜のお忍び


もう遅いからと寝室に連れ戻され、余花は一人、横になった。羽衣も虹花も誰もいない部屋の中、じっと天井を見上げる。月明かりでぼんやりと見える天井は黒い。


どれだけ時間が過ぎたか、余花は耳を澄まして外の様子を窺う。庭には見回り番がいるが、廊下に人がいる様子はない。隣室に誰かしら控えているだろうから、音を出さないように気をつけて起き上がる。


寝巻きで歩き回るにははしたないが、余花一人で着付けはできない。仕方なくそのまま出ようとしたとき、隣室の襖が開く音がする。


どきっとして振り返れば、虹花がいた。


「姫さま、おでかけでしょうか」


隣にいるのは羽衣だと思い込んでいたが、余花の動きを察知しやすい虹花がいても当たり前だ。彼女は小さな物音も聞き逃さない。


「ええと……」


どうしようかと考える余花に、すすっと虹花が近寄る。


「外に出るのなら、お召し替えいたしましょう」

「……止めないの?」


てっきり止めるために出てきたと思っていたから驚いた。余花に聞かれ、虹花は小さく頭を振った。


「姫さまは、あの……黒毛という人を助けるのでしょう?なら、私は、姫さまを助けます」

「私が助けなくても、父さまがどうにかしてくれるわ。私は……自分のために行くの。自分勝手なのよ」

「それでも私は姫さまについていきます。私は、姫さまに助けていただいた……から」


手早く虹花は余花の服を整える。外に出ても問題ないように髪も結い直し、虹花はその場に座して余花を見上げた。


「お供します。私なら、音を拾えますから」


虹花の言葉に、余花は頼もしく感じた。一人で黒毛のもとを訪ねようとしたときは、少し不安があった。自分がやることは正しいのか、大人しく寝ているべきなのではないかと。


だが、動かず結果を見るより、動いて結果を見たほうが良いと思い直す。また、黒毛のことも気にかかる。彼と一切話をせずに道伏に任せることも心に引っかかった。黒毛を助けたいと動いたのは余花なのだ。助け出されたからはい終わりと手を離すことはできない。


せめて最後に話を聞こう。それが余花が動いた理由だ。


「では、伴をお願い。あと、黒毛がいる場所がわからないの。……音で探せるかしら?」

「……やってみます。姫さま、どこにいるかわからないのに行くつもりだったんですね」

「外に出ればなんとかなるかもと思って」

「無計画すぎます」


虹花は目を閉じて耳を澄ませる。頭の上にある三角の耳が音を探るように動くのを見つめながら、余花は彼女を頼もしく思った。余花は何もできない人間だが、頼もしい女官がそばにいる。


「誰もいません。行きましょう」


そろりそろりと二人で足音を忍ばせて外に出る。深夜の白堅城は静かだ。見回りをする者以外、ほとんどが寝ている。獣が立てる音が昼間よりも大きく聞こえ、こっそり出歩いている自分の鼓動が耳の奥から響いてくるようだった。


虹花は誰にも見つからないように、時に立ち止まっては耳を澄ませた。たまに隠れ、たまに小走りし、たまに庭の草むらに二人で身を潜める。思った以上に虹花は隠密行動が得意のようだった。小さな物音も機敏に聞き取り、慎重になる。


「……たぶんですが、向こうのほうから聞き慣れない音がします。畳にこすれる音が、人のものではありません」

「黒毛は足も犬だったわ。確認してみましょう」

「わかりま……」

「余花さま?ここでなにをしていらっしゃるのです?」


突然かけられた声に、余花も虹花もそろって小さな悲鳴をあげそうになった。

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姫さまの瓦版! 夢十弐書 @mutonica

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