第12話:箱庭の真実と、大人の旅立ち

リースと彼女は、光に包まれていた。

温かく、どこまでも優しい光。

二人は手を取り合い、互いの瞳を見つめる。

そこには、永遠の愛が宿っていた。

幸福に満ちた、幻想的な空間。


「あなたとずっと、この場所で生きていきたい」

彼女の声は、光の中で響く。

リースの唇が、優しく微笑んだ。

その表情は、安堵と、深い満足感に満ちている。

二人の世界は、完璧に完成したかのように見えた。


光の中で、彼女の呼吸は穏やかだ。

リースの腕に抱かれ、全身が幸福に包まれる。

このまま、永遠に時間が止まればいい。

そう、心から願った。

読者は、きっと、これがハッピーエンドだと信じるだろう。


---


その光景が、まるでテレビ画面が切り替わるように、一瞬で消え去る。

視点が切り替わったのは、無機質なオフィスだった。

冷たい金属の光が、室内を満たしている。

無数のモニターが、壁一面に並び、淡い光を放つ。

複雑なコードが、床に絡み合うように伸びている。


その中心に立つのは、箱庭の管理人。

彼女は、手に持ったタブレットを「カチリ」と音を立てて閉じた。

「今回のケースも、これで無事終了ね」

淡々とした声が、静かなオフィスに響く。

その声には、一切の感情が感じられない。


「記録は全て良好。被験者の幸福度、ストレス値ともに目標達成」

彼女は、まるで業務報告をするかのように告げた。

スローライフは、「業務」だった。

そして、あの女性(主人公)は、「被験者」。

モニターには、彼女の様々なデータが映し出されている。


幸福度のグラフが、最高値を示していた。

ストレス値は、限りなくゼロに近い。

そのデータを見ながら、上司が口を開く。

彼の声にも、感情は一切感じられない。

「今回は特に、感情移入の深さが目覚ましかったですな、管理人さん」


「君の手腕と、導入した新しいプログラムのおかげだ」

上司は、モニターに映るデータやグラフを指さした。

「費用対効果も申し分ない」

管理人は、頷く。

「ええ。村祭りの屋台削減、自動稼働式で無人だったパン屋の導入」


「村人たちの会話パターンの最小化と行動パターンの固定化」

「リースの感情プログラムの最適化、シナリオ分岐の徹底管理……」

管理人の口から、冷徹な言葉が紡がれる。

これまで彼女が過ごしてきた、完璧な日常。

その全てが、効率とデータに基づいて構築された。


システムの一部だった。

「全ての『削った風』が完璧に機能しました」

「特に、リースとの絆の深化が、彼女のストレス値を劇的に低下させ。

癒やし効果を最大化したようです。

あの時点での『偽りの選択』も、我々の予測通りでした」


上司が、満足げに頷く。

「そうだ。あの無口なイケメンが、まさかここまで効果を出すとはね」

「彼のプログラム、バージョンアップした甲斐があったな」

「次回からは、あのプログラムを標準装備にしよう」

管理人は、淡々と答える。


「ええ。ですが、途中で被験者の精神的な揺らぎが見られました」

「夢による現実への接近、箱庭の不自然さへの違和感……」

「あの時はヒヤリとしましたよ。一歩間違えば、プログラムが破綻するところでした」

その言葉に、上司が軽く笑みを浮かべる。

「ああ、それも想定内さ」


「そこでリースが適切に介入し、被験者が自ら『偽りの幸福』を選ぶという選択をさせた」

「あれこそが、今回の最高のデータだ。彼女の脳内を分析し、最適な『癒やし』を構築した結果だな」

オフィス内に、キーボードの乾いた音が響く。

管理人は、再び頷いた。

「まさしく。プログラムの成功、被験者の完全な没入と自己欺瞞」


「最高の演技、期待値以上の結果でした」

「これで、次回の被験者も安心して迎えられます」

二人の会話は、冷徹に進む。

彼女が体験した、あの幸せな日々。

畑仕事、村祭り、リースとの愛。


全てが「演出」であり、彼女の感情は「データ」だった。

彼女の幸福が、彼らの「成果」だったのだ。


---


管理人が深く息を吐く。

「はぁ、やっと終わったわ」

その声には、微かな疲労の色が滲む。

「今月もギリギリの予算で、イケメン3人手配するのも」

「被験者の感情揺さぶりも大変だったんだから」


彼女は、椅子の背にもたれかかる。

「正直、今回の子は手強かったわね」

「夢での干渉が頻繁で、マニュアル外の対応も多かった」

「あのまま覚醒したら、損害が出る所だったわ」

上司が、笑みを浮かべ、管理人の頭にポンと手を置く。


その手は、冷たいはずの管理人の髪を。

ほんのわずかに、温めるようだった。

「まぁ、それでも転生者があれだけ幸せそうなら、安いものじゃないか」

「君の頑張りのおかげだよ。これでまた一段と腕を上げたな」

「次も期待しているぞ」


管理人は、その手が触れた瞬間。

ほんの少しだけ、肩を揺らす。

しかし、すぐに平静を装う。

だが、その耳が、微かに赤くなっているのが見えた。

「……頭ぽんぽんだけじゃ、ちょっとしかだまされてあげないんだから」


彼女は、拗ねたように言いながらも。

その口元には、微かな、しかし確かな笑みが浮かぶ。

それは、業務の疲れと、上司からの労いを。

同時に感じているような、複雑な表情だった。

上司が、にやりと笑う。


「わかったわかった。今夜は奮発して。

君の好きなあの店を予約しておいたよ」

「どうだ? たまには羽を伸ばさないと」

「特製のハーブワインもあるそうだ。今回の成功を祝って、最高の一夜にしよう」

管理人の表情が、さらに緩む。


「……ふふ、それなら、少しは許してあげましょうか」

「でも、奢りですよ? 高いコースを選びますからね」

二人の軽妙で甘いビジネストークが続く。

それは、これまでの物語の裏側を補完する。

大人の読者に心地よい、ビターだが温かい余韻。


冷徹な業務遂行と、被験者への微かな情動。

その間で揺れる管理人の心の機微が描かれる。

そして、上司への秘めた好意と信頼。

二人の関係性の深さが、そこに滲んでいた。


---


オフィスの巨大な窓の外。

箱庭での役目を終えた、主人公の魂が見えた。

眩い光の粒となって、ゆっくりと。

宇宙の彼方へと、昇っていく。

その光は、喜びと感謝。


そして、新たな希望に満ちているかのように。

きらきらと、輝いていた。

それは、箱庭での幸福が。

決して無駄ではなかったことを、示唆している。

管理人は、その光を静かに見送った。


しかし、その眼差しは、深いものだった。

そして、そっと呟く。

「行ってらっしゃい。次はきっと、もっと、自由で、幸せな人生を」

その声は、どこか優しい。

「……本当に、ありがとう」


その「ありがとう」には、これまでの業務での疲労。

そして、確かに芽生えていた、被験者への微かな共感。

彼女が箱庭で得た癒やしへの、管理人としての静かな満足感。

それら全てが、込められていた。

箱庭での日々は、新しい生への「準備期間」だった。


主人公が光に包まれて消える描写は。

リースとの「永遠」ではなく。

次の「輪廻」への旅立ち。

つまり、「成仏」や「転生」であったことが。

管理人たちの会話によって明確に明かされた。


それは、悲しい別れではない。

箱庭での癒やしと愛が。

彼女を次のステージへと押し上げるための「卒業」。

新しい人生への「本当のハッピーエンド」として描かれる。

読者には、大人の感動と。


少しビターだが、希望に満ちた余韻が残る。

物語は、ここで幕を閉じた。

主人公の魂が、光の彼方へ消えゆく。

残されたのは、静かなオフィス。

そして、新たな業務へと向かう、管理人の姿だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界スローライフ? 変な夢を見てんじゃないわよ -リアルで頑張るんだから- 五平 @FiveFlat

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画