大蛇が見た夢
「ねーねー!明日の七夕祭り!ちーちゃんも行くでしょ?」
昼休み──奈緒ちゃんが、テンション爆上げで尋ねてきた。
千穂は唐揚げを飲み込んでから、答えた。
「うん、澪と約束してる」
「いいねいいね!私もユウヤといくんだぁ」
ユウヤ、は木下君の名前だ。
奈緒ちゃんと木下君は順調なようだ。
奈緒ちゃんは、少し静かになって呟いた。
「ちーちゃんと一緒に行かないのって、初めてだね……?」
「そうだね。でも、友達なのは変わらないから」
「そうだよね!お祭りで会うかもだし!」
奈緒ちゃんは、満面の笑顔になった。
今年の村の七夕祭りは、五日に開催される。
七日が月曜日だから。
千穂が学校に復帰した時、みんなは特に大騒ぎもせず『当たり前』に受け入れてくれた。
おかげで、気まずい思いもせず本当にスーッと日常に戻れた気がする。
千穂は教室の真新しい窓ガラスをチラリと見て、微笑んだ。
土曜日。
おばちゃんに浴衣を着せてもらう。
「去年、よっちゃんが──千穂が急に背が伸びたからって仕立てた浴衣だね。本藍染はいいものなんだよ。さすがにこれ以上は伸びないだろうから──大事におし」
それは素敵な浴衣だった。
藍色に、白く抜けた葉と花。
「藤の模様だね、綺麗なもんだ」
おばちゃんは朱色の帯をきっちり仕上げ、千穂を眺めた。
「背が高いのはモデルさんみたいで良いねえ……私も後もうちょっと背が欲しかったよ」
可愛らしい藍染巾着を手渡されたところで、澪が迎えにきた。
「門限はわかってるね?」
「はい、21時までに斎藤商店!」
「よろしい。さあ、行っておいで」
村の七夕祭りは、毎年最大規模だ。
縁日だってある。
周辺の三つの村が持ち回りで開催するんだけど、今年はこの村。
澪は白いTシャツにジーンズ。
「俺も浴衣が良かった」
「ふふ、来年はそうしたら?」
祭り会場までゆっくり歩いても十五分。
賑やかな祭り囃子が風に乗ってきて、千穂の心も浮き立つ。
しばらくあちこち見て回る。
ヨーヨー釣りをしたり、たこ焼きを食べたり。
奈緒ちゃんカップルにも会ったが、お互い小さく手を振りあっただけだ。
体力のない千穂が疲れ始めた頃、澪が会場じゃないけど、と断りながら会場と斎藤商店の帰り道にある神社へ千穂を誘った。
石造りの長椅子に並んで座り、空を眺める。
会場の反対側は──光がない田舎の空だ。
真っ暗な方角は、満天の星空が見える。
全く人がいないわけではなく、足を休める場所としてちらほら人影もある。
「疲れた?」
「ううん、あ、いや……ちょっと」
千穂は正直に答えた。
「来年──俺は東京に進学しようと思ってて」
「高校だからね……私も、今お父さんとおばちゃんに交渉してるの。ここからだと、隣町の高校しか行けないし……」
「良いとこだけど、田舎過ぎて選択肢がね……うちは親が東京だから、さ」
千穂は指先にぶら下がるヨーヨーを眺めた。
「おばちゃんの娘さんが都内に住んでるの。下宿させてくれるって言うんだけど、お父さんにまだ言えてなくて──高校までよろしくって言っちゃったばかりで」
「ああ、週末はあっちの家にって話の時に?」
「そうそう」
二人の間に、優しい沈黙が流れた。
澪が黙ってても気まずく思ったことはない。
(言葉なんて要らない人……もちろん話してくれないと困るけど、黙ってても平気って良いよね)
「あのさ」
澪が少し大きな声を出し、千穂は彼に顔を向けた。
「あのさ、東京に帰る……行くのは、本当に進学の為なんだ。大学まで、決めてある」
「そうなの?私はまだ大学は絞りきれてないや……」
「ちゃんと就職して、真面目に働く」
「うん?」
「だから──あと七十回くらい、七夕を楽しめる」
「七十って!──一生かかっちゃうよ」
「そうだな」
千穂は照れ隠しに、空を見上げた。
大きくハッキリ見える天の川。
これからは──ずっと澪と、この輝く星の川を眺めていくんだ。
雪子と高御尾の見た夢のとおりに。
大蛇が見た夢 藤 野乃 @fuji_nono
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