冷酷と快感が共存する異世界譚。鋭い一人称と速度、黒い笑いが刺さる芯あり

開幕から一気に引きこまれました。主人公は『成り代わり』で異世界に来たシリアルキラー。静かな語り口に黒いユーモアが混じり、重い題材でも読み口は軽やかです。難しい言葉に頼らず、情景と行動で見せるので、初めてでも迷いません。
 豪雨の夜に標的を追う場面は、雨音、泥の感触、呼吸の荒さまでが短い文で積み上がり、結末の一撃まで一気に走らせます。足を取られて最期に至る描写は冷たいのに、過剰な残酷さに流れず、彼の歪みと『線引き』の気配だけが静かに残る。この抑えた表現が、先の展開への不安と期待を同時に呼びます。
 目覚めた先は人さらいの幌馬車。刃が喉を裂く瞬間、力任せではなく「最小の動きで最大の効果」を選ぶ判断が光ります。リザードマンの頭目を見切って倒すときも、視線の誘導と間合いのずらし方が分かりやすい。『子どもは殺さない』という一文が置かれ、ただの残虐から物語を救い、彼の中のルールが読者の拠り所になります。世界の匂いと危険の温度が、短い段落でしっかり伝わるのも好印象です。
 一人称の声は終始ぶれず、比喩は短く、動詞は鋭い。戦闘は図解がいらないほど見通しがよく、ページをめくる手が止まりません。冷酷さと可笑しさが同居し、次の章でも「どんな線を越え、どんな線を守るのか」を見たくなる。王道の枠に収まりつつ、主人公の視点の切れ味で新しさを出す快作です。ダーク寄りの異世界が好きな人にも、アクションの『読みやすさ』を求める人にも勧めます。

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