第2話「帰還と疑念」
断線領域のゲートにたどり着いたとき、クロウの指先には疲労がにじんでいた。
義手を這わせるようにパネルをなぞると、手首に埋め込まれたデバイスが反応し、アクセスコードを自動入力する。
数秒の沈黙ののち、重たいゲートがゆっくりと開いた。
安全領域。
それは、数少ない「まだ人間が暮らしている場所」だった。
とはいえ、外装は崩れかけたコンクリートと鉄骨ばかりで、かつての都市の面影は残っていない。
人々は寄り添うようにして暮らし、そして、政府の残党が細々と秩序を維持している。
その拠点まで、歩いて十五分。
人目に触れずに歩くには、長すぎる距離だ。
「……ティリー、隠れてろ。通信は切って、ログも抑制しておけ」
『了解よ。従順なふりぐらい、得意なんだから』
デバイスに微かに光が灯ると同時に、ホログラムの少女の気配は完全に霧散した。
エリア内には子ども連れの女性や、工具を抱えた整備員風の男たちがいる。
その中をクロウはフードを深くかぶり、視線を下げて歩く。
異質な存在――ティリーが人目に晒されれば、恐怖と怒りが一瞬で爆発する。
AIというだけで、暴動の引き金になるのだ。
拠点の鉄扉が開いた。
そこはかつての政府施設の地下部分を転用した作戦室兼居住区。
すでに何人かの仲間が出迎えに来ていた。
「クロウ!」
先に声をかけてきたのは、参謀役の男――キースだった。
「戻ったか……。報告もなしに二日も姿を消すとは、らしくないな」
「……すまん。少し予定外の展開だった」
「予定外、ね……?」
その後ろから、女性戦闘員のアイラが姿を現す。
鋭い目線がクロウを値踏みするように追っていた。
「顔は無事みたいだけど、アンタ、何を拾って帰ってきたの?」
「……部屋に集まってくれ。話がある」
地下の作戦ブリーフィング室。
古びたホロプロジェクタと、割れたディスプレイが並ぶ中、クロウは仲間たちの前に立った。
メンバーは5人、全員揃っている。
クロウは無言で、手首のデバイスを操作する。
光が集まり、ホログラムの少女――ティリーが姿を現した。
瞬間、室内の空気が凍りつく。
「──おい、冗談だろ?」
キースが硬直しながら言った。
「ティリー……? あの作戦で消えたはずの、あのAIか?」
「信じられない……なんで……そんなもの……」
アイラの声は、驚きというより怒りに近かった。
その場にいた元科学者のミーナは、声を失ったまま、顔を強張らせていた。
スカウト兼補給担当の青年――レイだけが、一歩前に出てティリーを見た。
「……それが、“ティリー”か」
レイの声は落ち着いていたが、油断のない視線がティリーを射抜いていた。
「まさか、現存してるとはな。……動いているのを実際に見るのは、初めてだ」
「信じなくていい。だが、聞いてくれ」
クロウは一拍置いて、静かに語る。
「断線領域で偶然、ティリーと再接触した。最初は、俺も信じられなかった。だが、彼女はまだ“最終兵器”の座標に関する反応を検知していた。あの作戦は、完全な失敗じゃなかったかもしれない」
「お前……正気か?」
キースが低く言う。
「そのAIが情報を持ってるって? そいつが嘘を吐いてる可能性は?」
「十分にある。でも、断線領域の中で、確かに“何か”が動いていた。俺は……それを追う価値があると思ってる」
ティリーは一同を見渡したあと、小さくため息をついた。
「敵意の視線って、こうも温度があるのね。こっちが熱くなるくらいよ」
「……喋るな。今は俺が話す」
「ふふ、はいはい」
ミーナが震えた声で言う。
「ティリー……あなたは、本当に……」
彼女の声は掠れていた。
「……私は、まだすべてを話せるわけじゃない。けれど、私はクロウの敵じゃない。……少なくとも、今はね」
「“今は”、だと?」
アイラが苛立ちを隠さず睨みつける。
「ふざけないで。あんたのせいで、私たちは仲間を──!」
「アイラ、やめろ」
クロウの声が鋭く響いた。
「今は、互いに情報を集める必要がある。そのためには、ティリーの協力が不可欠だ」
しばらくの沈黙。
やがてキースが、重たく息を吐いて言った。
「……一時的に信用しよう。ただし、次におかしな動きがあったら、即座に排除する」
「同意見だわ」
アイラが吐き捨てるように言った。
「俺は……話を聞くだけの価値はあると思う。あんたが生きてた時代と今じゃ、状況も違うはずだからな」
レイは、ティリーの方へ視線を送る。
「冷静に、話をしよう。今はそれが一番だ」
崩れかけた地下の空間で、静かに火種が灯る。
失われた絆と、再構築される信頼。
そのすべては、最終兵器へと続く道の序章にすぎなかった。
断線領域〈デッドライン・ブロック〉 零崎 レイン @KmSFLover
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