Encore
花の形に折られた折り紙が置かれていた。
花の形に折られたそれには、
色鉛筆で書かれた幼い筆跡。
──のの りこ
いつのものかは記憶はないけど、
でも、きっと……わたしが書いたんだと思う。
そして、傍に置いてあった日記帳を開く。
ぱら、ぱらとページをめくると、
7月18日の欄に書かれている名前。
──リコ
自分の筆跡。
そんなに昔のものには見えない。
なのに、どうしても思い出せない。
ふと、7月18日に何をしていたか気になった。
きらきら放課後部のグループチャットを開き、
そのまま文字を打ち込む。
《7月18日って何してたっけ?》
しばらくすると、
《終業式の日かな。それなら、ノノちゃん、
ちょっと具合悪くなった日だったと思うけど》
……あ、そうだ。
体調が悪くなって、保健室で休んでから帰ったんだっけ。
それなら、どうして──
そんな日に、この名前を書いたんだろう。
リコって子が、わたしに何かしてくれた?
その答えを思い出そうとしても、
何ひとつ浮かんでこない。
少し気分を変えようとベッドに寝転がった。
天井をぼんやり見上げながら、ゆっくりと息を吸う。
この昔のわたしの字。
幼稚園か、小学生くらいの頃──
そして、もしかしたら最近まで
一緒にいたのかもしれない、リコという子。
もしそんなに長く付き合っていたなら、
どうして、何も思い出せないんだろう。
寝転んだまま首から下げていた
懐中時計のネックレスをそっとつまんで天井に掲げる。
あの日、なぜか膝の上にあった見覚えのない懐中時計。
秒針の止まったその時計を、
しばらく黙って見つめていると、
指先にほのかな温もりを感じた気がした。
そう思った瞬間、
耳の奥でキーンと高い音が鳴ったような感覚に襲われ、
思わず額に手を当てる。
……何、これ?
耳鳴りがおさまるのを待っていると、
小学生の頃、近所の公園でよく遊んでいた光景が
ふっと頭に浮かんだ。
その断片が、
どこか「リコ」という名前と結びついている気がした。
もしかしたら、何か思い出すかもしれない。
そう考えた途端、じっとしていられなくなる。
日記帳を片手にジャケットを羽織り、
リビングに「少し散歩してくる」と声をかけて、
公園へ向かった。
◇
夜の「あきがみ夢公園」
人けはなく、静まり返っている。
そういえば小さい頃、
よくここでブランコに揺られていたっけ。
ブランコに腰を下ろし、
日記帳を膝に乗せて、そっと足で地面を蹴る。
夜の冷たい風が頬をかすめた。
その瞬間。
隣のブランコが、
きぃ──と、かすかに揺れた。
思わず足を止めて、そちらに目を向ける。
風のせい……?
でも、さっきまでは揺れていなかった気がする。
怖いというより、
なぜか誰かがそこで見守っているような、
そんな不思議な気分になった。
名前だけを残して、姿が思い出せないその子。
もう一度、深く息を吸って空を見上げる。
夜の空には、いくつもの星が静かに瞬いていた。
日記帳の上にそっと両手を重ねる。
「リコ……」
祈るように呟いた瞬間。
夜空をひとすじの流れ星が駆け抜ける。
同時に、胸元の懐中時計が淡く青白い光を放ち、
止まっていた秒針が再び時を刻み始めた──
────────*────────
Encore 「星降る魔法の日記」
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君に届かない、この世界で。 風乃ナノ @kazenonano
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