第23話 忍足君は、特別を護る

 私がゴクリと嫌な予感を飲み込んだ、その時だった。


「俺に、ちゃんと、言ってくれない? 俺の事がなんてって」

 あの女子には言えていたよね? と、嫌な追撃が打ち込まれる。


 嫌な予感が的中してしまった。

 私は「そ、それは……」とまごつき、込み上げてくる恥ずかしさで目をパッと伏せってしまう。


「何? 言って?」

 蠱惑的に囁かれたかと思えば、スッと顎を優しく掬われてしまい、彼から逃げられなくなってしまった。


 美しい顔だけが映る、熱い眼差しがまっすぐ突き刺さる。


 嗚呼、そうだ。私、もう逃げないって決めたんだ。

 だから私からも、ちゃんとまっすぐ伝えなくちゃ……!。


「忍足君がす、好き……です」

 勇気を振り絞って伝える。まだ彼ほど強くはないかもしれないけれど、それでも自分の精一杯を伝えた。伝えきった。


 ……のに。あれ? なんか、言葉が返って来ない。


 段々と不安と不信が募り、瞑っていた目がゆっくりと開かれていった。


 すると目の前にあるはずの彼の姿が、なかった。いや、すっかりなかった訳じゃない。視界の一番下に小さくなって映っていた。


「お、忍足君?」

 不安よりも心配が勝り、しゃがみ込んで丸まっている彼の前で屈み込むと。私は大きく目を見開いてしまう、多分猫と同じくらいにまん丸い目になっている事だろう。


 忍足君が真っ赤になって……本当に比喩表現でも何でもなく赤色に染まっていて、「ううう」と苦しそうに呻いているのだ。


「忍足君? あの、大丈夫?」

 すっかり不安しかなくなった私はおずおずと窺う。


 すると忍足君はバッと膝に顔を埋めて、「大丈夫、嬉しすぎて死にそうなだけだから」と恥ずかしそうに答えた。


「妄想していたんだ、何回も。言い方や表情まで幾通りも用意して構えていたんだ。だから今のも、百十四番目にあったやつだったんだけどね。本物だと、破壊力が凄すぎちゃって……やべぇ、マジで結構来る」

 いつもの淡々とした口調が、ニヤニヤっと言う擬音に邪魔されているのが分かる。


 そんな嬉しさと恥ずかしさに悶える彼の前に居ると、私にも同じ物が襲ってきた。


「い、言えって言ったの忍足君じゃん!」

 カーッと突き上げてくる羞恥でいっぱいになって叫び、立ち上がると、「そりゃあ、言って欲しいよ」と忍足君がサッと立ち上がる。


「誰だって、特別に想っている子からの好きはちゃんと貰いたいだろう」

 ……いつもみたいに淡々と言っているけれど。忍足君、まだ、顔の赤みが引いてないよ。


 平静を必死に装っているだけだと分かってしまうと、今まで抱かなかった気持ちが込み上げてきた。


 嗚呼、どうしよう。すごく、今すごく、彼が愛おしく見える。


 私はサッと忍足君から目を逸らし、熱くなっている両頬をギュッと両手で押さえつけた。まるで、込み上げる愛おしさが溢れない様に。

 その時だった。


「愛望さん、今、その顔は駄目だ」

 抑えが効かなくなるだろ。と、忍足君の口から艶やかな囁きが零れた。


 ゆっくりと彼の手が伸びる。私の手に指を絡ませて頬から外し、そのままギュッと握りしめられた。


 あんまりにもドキドキする外し方と握りしめ方に、私の心臓はドコドコッと凄まじい鼓動を打ち始める。

 けれど、まだ、このトキメキは終わっていなかった。


 忍足君の顔が、ゆっくりと近づいてくる。

師匠千愛さんからは、キスはまだ駄目って言われてるけど」

 特別に、良いよね。と、吐息が鼻先にかかる程の距離で甘く囁かれた。


 トキメキが身体を、心を、ドキドキとその場で縛り付ける。


 痛い……けれど、この痛みはちっとも苦じゃない。嫌なものなんかでもなかった。

 いつの間にか、そうなっていた。

 ううん、そう想えるようになったんだ。忍足君がずっとまっすぐ私を想い続けてくれていたから。


 ゆっくりと瞼が下に降りて、ピッタリと重なった刹那。

「え~、忍足君、忍足十影君。聞こえてますかぁ?」

 突然、おどろおどろしい校内放送が貫き、私達をピシッと固まらせた。


「私、枢木京子から呼び出しです。今すぐ校庭に来なさい」

 その声に私はギョッとして彼を力いっぱい押しのけ、彼はチッと鋭く舌を打つ。すると


「分かるよ、今きっと良い所なんだよな。私もさ、アンタの恋を邪魔する真似はしたくないよ。本当にしたくないけどね。アンタが来ないと、いつまで経っても棒倒しが始まらないんだよ。だから今すぐに来い」

 私はその校内放送にハッとし、「今すぐに行って!」と彼を急かし始めた。


 Sp科の棒倒しは、爽華祭における芸能科の混合ダンスに並ぶ目玉だ! それを彼の……いや、私のせいで止めているなんて絶対に駄目!


「いやいや、愛望さん今」

「うだうだ言わないで、速く行って!」

 立ち止まり続けて、ぶうぶうと言い続ける彼の背をぐいぐいと押し始める。

 けど、ほんっとうに堅いし、重い! 全く動かないんだけど!


 ううう! と私が踏ん張って頑張りだすと、「分かったよ」とようやく彼の背が動いた。


「行く。けど、愛望さん。に、約束してくれる?」

「な、何?」

「俺達一年が勝ったら。俺が主将として活躍出来たら……俺が、君の特別になっても良いって。約束してくれる?」


 強者揃いの三年、二年と当たるのに。一年が勝ち抜いて、優勝しちゃうなんて大金星過ぎるんじゃないの? なんて思うけれど。私の口は、そんな無粋な突っ込みを紡いではいなかった。


「……勿論、約束する」

 私が朗らかに首肯するや否や、忍足君の顔がゆるゆると蕩けていく。


 大歓喜が伝わりすぎる柔らかい微笑に、ドキッと矢が心に深々と突き刺さった。

 でも、その痛みで止まる理性わたしじゃない。

「もっ、もう良いから! ほら、速く行って!」

「分かった、分かったよ。愛望さん、行ってくる。けど、愛望さんも戻って見ていてよね」

 そうしたら俺、もっと頑張れるから。と、耳元で蠱惑的な囁きが落とされた。そうかと思えば、ダッと忍足君は駆け出し行ってしまう。


 う~ん。この後、どうなっちゃうんだろうなぁ。


 私は彼の背をゆっくりと追う様に、一歩ずつ前へ進み始めた。


 まぁ。色々と考えても、私には何も分からないけれど……多分、ううん、絶対にこの特別な約束は護られる。


 だって、彼は特別を本当に護る人だから。


「ちゃんと、護ってよね……君」

                              完

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Sp見習い忍足君は、今日も特別だけを護る 椿野れみ @tsubakino_remi06

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