第22話 誰が「相応しい」?

 思いがけない登場に、私の口は「……忍足君」と安堵を紡ぐ。

 でも、その声は「十影君!」と切羽詰まるリラノちゃんの声に重なって消えてしまった。


「ど、どうしてここに? !」

 リラノちゃんが蒼然とし始めるばかりか、取り巻き二人の顔色も一気に悪くなっている。


 当然そうなってしまうだろう、自分の好きな人が思いがけない場面で、思いがけない登場をしたのだから……。


 私の心に、彼女達の同情がふつと湧いてしまった。


「愛望ちゃん、十影君に教えたのね? !」

 突然、声高にリラノちゃんから非難をぶつけられる。


 私は慌てて「言ってない、言う訳無いよ!」と答えようとしたが。その前に、忍足君が「俺は愛望さんに連絡先を交換してもらっていない」と、憮然として言った。


「それに、俺は愛望さんが来る前に、すでにここに居た」

 当たり前の様に淡々と言われてしまうけれど、彼の言葉に含められた異常は大きすぎる。


 ゴツッと引っかかった違和感を取り払うべく、私は「私が来る、前? なんでそんな事が出来たの?」と、不思議でいっぱいになった心をぶつけた。


 すると少し身体をこちらに向けられて、「何もおかしい事なんてないけど」と言わんばかりの涼しい顔を見せられる。


「愛望さんレーダーの動きから予測して、急いで先回りしただけだよ?」

 ……。

 嗚呼。うん、本当に言葉が出てこない。愛望さんレーダーなるヤバすぎるレーダーが彼に搭載されている事は知っていたけど、そこから当たり前に先回り出来るのがなんか、本当に……うん。


 彼の当然に、閉口してしまう私。

 その時だった、ぐすんっと可愛らしい嗚咽が零れる。


 私はその声にハッとして前を向くと、リラノちゃんがボロボロと涙を零していた。

「違うの、誤解しないで。十影君。莉倮乃が悪いんじゃないんだよ。莉倮乃は十影君を思って、愛望ちゃんにリボンを交換してって頼んだだけだし、愛望ちゃんが酷いんだよ」

 莉倮乃に嘘ついたんだよぉ、莉倮乃は愛望ちゃん信じてたのにぃ。と、ふぇえんと可愛らしく泣きながら訴える。


 私はその訴えに「えっ」と目を見張ってしまうが、その間も彼女の言葉は続いていた。

「愛望ちゃん、十影君の事好きじゃないってキッパリ言っていたのに。莉倮乃の恋を応援してくれるって言ったのに、急に裏切ってきたんだよぉ」

「そうだよ。莉倮乃が本当に可哀想!」「莉倮乃はなにも悪くないんだよ!」

 取り巻き二人も、リラノちゃんの訴えに同調し始める。


 完全に、私が悪者になっている。でも、何も言い返す言葉が見つからない。

 彼女達が紡ぐ言葉は、全て、事実だから。「違うよ」とも、言えないのだ。


 私は唇をギュッと噛みしめ、彼女達の非難を受け止めるしかなかった。


「私はね、十影君。十影君の事を本当に好きな人がそのリボンを持つべきだと思うし、そんな軽い好きでそのリボンをつけられるなんて十影君が可哀想だって思うの」

「分かったから、もう何も喋るな」

 突然、忍足君が愛望ちゃんの泣き言を冷淡に一蹴する。


 リラノちゃん達の目が「え?」と、これ以上ない程丸くなっていた。

 けれど、彼の沸々と煮える苛立ちは止まらない。


「耳障りだ。勘違いも甚だしい言い分を延々と聞かされる身になってみろ、本当にうんざりするぞ」

 忍足君は冷たく吐き捨てると、「ちゃんと俺を想っているなら、彼女から奪って付けようなんてしないはずだしな」と刺々しく忠告した。


「で、でも……愛望ちゃんは、十影君に相応しく」

「ない、なんてお前が決める事か? 自分をどんだけ高く見積もってるのか知らないが、俺からしてみれば、相応しくないのはお前等の方だ」

 そもそも、愛望さんと比べるのも烏滸がましい話なんだけどな。と、リラノちゃんの弱々しい言い分にも容赦なく噛みつき、早々に封じる。


 一気に窮地へと追いやられたリラノちゃんは口をまごつかせ、グッと手を堅く丸めるが。「でも!」と、大きく反論に出た。

「愛望ちゃんよりも、莉倮乃の方が十影君を先に好きになったんだし」

時間そこで勝負するのか?」

 良いのか? と言わんばかりに、忍足君は大きく反論に出た彼女に淡々と詰め寄る。


「確かに、そこはアンタの方が早いかもしれないが。アンタ、いつから、俺の事を好きになったんだ?」

 ぶっきらぼうな質問に、リラノちゃんは言葉を詰まらせた。けれど、その恥ずかしさに佇む事を彼は許してくれなかったみたいで……。


「……こ、高校に入学してからだよ」

「つまり三ヶ月前からだろ? 俺は八年だ。八年前に愛望さんと出逢ってからずっと、愛望さんの事を想い続けている」

 忍足君は恥ずかしく明かされた答えを何も想わない声で端的に纏めてから、きっぱりとぶつける。

「分かるか? 愛望さんが、俺に相応しくないんじゃない。俺が、愛望さんに相応しくないんだよ。だから八年間ずっと、必死に愛望さんの隣に居られる男になろうとするし、愛望さんが俺を想ってくれる様にあの手この手で落としに行くんだ」

 忍足君はぶっきらぼうに言うと、私の方に顔を向けた。


 その柔らかい微笑みに、トクンッと温かいトキメキが胸いっぱいに弾ける。


「愛望さんが俺を好きになってくれたら、それだけで幸せなんだ。好きの時間も重さも、何も関係ないよ」

 リラノちゃんに向けていた冷酷さは、綺麗さっぱりなくなっていた。


 私は彼の口から優しく紡がれる言葉に、きゅうっと胸を締め付けられる。

 嬉しいのだ……忍足君が私を悪者と見なかった事が、私の好きをリラノちゃん達の前でもおおらかに抱き留めてくれた事が。


 じわぁんと、視界が歪んでいく。


 すると忍足君はキッと眦を吊り上げ、「毛木莉倮乃」とリラノちゃんの名前を冷たく呼び捨てた。

「アンタには、、一度忠告してるはずだ。それでも分からなかったらしいから、もう一度言ってやる」

 ツカツカと距離を詰め、リラノちゃん達の前でピタッと立ち止まる。そして


「もう二度と、俺の邪魔をするな……次またやれば、容赦しない」

 地を這う程に低い声で、彼女達に拒絶を突きつけた。


 リラノちゃんは彼の怒りに目を見開き、何も言わずにカタカタと震えていたけれど。自分を襲う色々なものから、耐えきれなくなったのだろう。パッと弾かれた様に駆け出し、立ち去ってしまった。その後ろを取り巻きの二人が「り、莉倮乃!」と、慌てて追いかけていく。


 立ち去る三人の背を睥睨しながら、忍足君が「もっと速く行けよ」と鋭く舌を打った。


 しかし、くるっと私の方に向き直ると「愛望さん、やっと鬱陶しいのが消えたよ!」とルンルンで近づいてくる。


 ……優理ちゃんが「忍足君は女子にすごく冷たい」って言っていたのが、やっと分かった気がする。


 私は彼の「差」に少し唖然としてから、「う、うん」と頷いた。


「ねぇ、愛望さん」

 目の前にやってきた彼の顔が、唐突にフフと蠱惑的に綻ぶ。


 あれ? な、なんだか嫌な予感がしてきたのだけれど。き、気のせいよね。うん、そうよ、気のせいよ。気のせい……。

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