ZIP! ZAP! BANG! 3

 私、神宮寺七福ジングウジ シチフクは両親とも日本人だが、父の赴任先のアメリカで生まれて育った。


 出生地主義のアメリカでは、アメリカの国籍が認められるが、血統主義の日本では紛れもなく日本国籍だ。当時は、所謂いわゆる二重国籍だった。

 私の最も古い幼少期の記憶は、バーミンガムのキンダーガーデンでの英語の童謡だ。


 大英帝国イングランドのバーミンガムではなく、ヤンキーの国アメリカ合衆国はアラバマ州のバーミンガム(厳密にはバーミンム)が、その記憶の場所だ。


 日本に戻ったのは小学校低学年だったが、家庭内では日本語だったので、あっと言う間に日本語の平和な生活に慣れ、英語と危機意識はアメリカに忘れて来ていた。


 高校時代のアメリカへの短期留学で、小学校での友人達と再会したが、彼等は当たり前だがアメリカのアメリカ人になっていた。


「久しぶりだな、ラッキーセブン」

「だから、七福シチフク幸運な七番ラッキーセブンじゃなくて、七回の幸運セブンタイムラックなんだってば」

「どっちも同じだろ、ゴッド&ブッダ」

「だから、神宮寺ジングウジ神社シュライン寺院テンプルのことで、ゴッドブッダじゃないって子供の頃何回も説明したよね」


 これも当たり前と言えば当たり前だが、私は大きな異国アメリカの中では、アメリカンにとって奇妙な名前の一人の異邦人ジャパニーズだった。


 アメリカの大学に進学すると、その二つ、英語と危機意識は素早く戻って来て、私の生活を速やかに支配した。


 警戒ヴィジランス自己防衛セルフディフェンス自己鍛練トレーニングの日々。その延長として、銃の知識に触れ、射撃競技を開始した。ライフルではなくピストル競技を選んだのも、生活の中で触れる機会は狩猟用ライフルより護身用のハンドガンの方が多いと思ったからでもある。


 学生の競技会ではそこそこいい成績に到達したが、日本にそうそう帰れる状況では無かったので、日本のオリンピックの選考には全く届かなかったが。

 その流れで、米国籍と銃器インストラクターの資格を取り、コーチする側になり、とある傭兵団と縁が出来た。

 新兵の拳銃の取り扱い訓練を基礎の基礎から任され、半ば取り込まれるように作戦に参加させられて、経歴の一部に元傭兵が入ってしまった。


 大学時代の暗黒面ダークサイドについては語りたくないが、その経験は大いに役立ってくれたと思う。

 少なくとも、薬物にも、犯罪にも、私が手を出すことはなかった。


 日本に帰国して、日本国籍を取り直し、謎まみれの銃器インストラクターとして、警察官と自衛官の二足の草鞋を履いたのもこの頃である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ジップガン! ザップガン! 大黒天半太 @count_otacken

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ