SNSで出会った“中の人”が、実はクラスメイトだった
ナマケロ
〇〇〇
☆登場人物(設定)
• 神谷 智也(かみや ともや)
物静かな男子高校生。
SNSでは詩的な投稿をする「@kamiyakun_141」として人気。
実は、優衣の“中の人”に恋していた。
• 夏原 優衣(なつはら ゆい)
明るくボーイッシュな幼なじみ。
SNSでは「柚猫(@Yuzu_ktn)」として活動。
神谷の投稿に救われ、想いを寄せるように。
───────────────────────────────────────────────────────────
高校2年の春。
俺――**神谷悠真(かみや・ゆうま)**は、相変わらず目立たない存在だ。クラスでも話すのは数人、放課後は家に帰って趣味の創作とゲーム三昧。リアルは地味でも、SNSではそれなりに居場所がある。
俺が使ってるのは、“つぶやき箱”っていう匿名のミニSNSだ。
140字以内の文章だけで繋がる場所で、基本は創作小説とかイラスト投稿がメイン。
顔も年齢も性別も知らない。だけど、妙に居心地がいい世界だった。
その中で、俺がひそかにフォローしてるアカウントがある。
@Yuzu_ktn
――柚猫(ゆずねこ)という名前の、文章系投稿者。
短編の切な系ポエムや日常の感情を140字で綴る人で、これが妙に胸に刺さる。
まるで、俺の気持ちをそのまま代弁してくれてるような、そんな文章たち。
中でも、この投稿は忘れられなかった。
「教室の中で、ちゃんと話したことのない君に、今日も目が合った気がして、勝手に期待して、勝手に落ち込んだ。――私、またひとりで恋してる。」
(@Yuzu_ktn)
胸の奥が、じわっと熱くなった。
……わかる、わかりすぎる。
俺はその投稿に、そっと“♡”をつけた。
***
ある日、俺の投稿に突然コメントがついた。
「その言葉、すごくよかった。もっと読みたいな」
(@Yuzu_ktn)
画面を二度見した。あの柚猫が、俺に返信?
心臓がバクバクする。
スマホ越しなのに、緊張で指が震えた。
俺は返信した。
「ありがとう。あなたの文章も、ずっと読んでます」
「……ほんとに?」
「じゃあ、これからもよろしくね」
それがきっかけだった。
俺と柚猫は、徐々にやり取りをするようになった。
お互いの投稿に感想を送り合い、ときには日常のつぶやきをシェアして――
ネットの向こうで、確かに距離が縮まっていくのを感じた。
***
けれど、ひとつだけ気になることがある。
柚猫の投稿には、たびたび“あるワード”が出てくる。
「今日のHR、だるかったー」
「古典の佐伯先生、相変わらず眠い」
「購買のチキンカツサンド、秒で売り切れ……」
――これ、完全に俺と同じ高校じゃないか?
HRの佐伯先生も、チキンカツサンドのスピード売れも、全部一致してる。
しかも、時間帯もリアル。昼休み直後に「購買戦争敗北」とか投稿してる。
まさか――柚猫って、俺と同じ学校のやつ?
さらに観察していると、最近はこんな投稿が増えていた。
「クラスの隅で、ノートに何か書いてる男の子。気になるけど、話しかけられない」
「もしかしたら、同じ趣味かもって思ったけど、怖くて踏み出せない」
「ねえ、君は私のこと、見てる?」
冗談だろ、って思いたかった。
けど……それって――
(まさか、俺……?)
そんな予感が、ゆっくりと現実に近づいてきた。
───────────────────────────────────────────────────────────
昼休み。
俺は購買のチキンカツサンドを手に、教室の端の自席に戻ってきた。
いつも通りの、ひとりの昼休み――のはずだった。
「……神谷くんって、創作とか、やる人?」
「えっ?」
声をかけてきたのは、斜め前の席の女子、**夏原優衣(なつはら・ゆい)**だった。
黒髪ショートでスラッとしていて、明るく元気な印象。
だけど、普段からあまり喋ったことはない。
「いや、さっきノートに何か書いてたからさ。小説とか?」
「あ、うん……まあ、趣味で」
思わずノートを隠すように閉じると、優衣はくすっと笑った。
「別に見ないよ。でもちょっと、気になってたんだよね。いつも静かに書いてるし」
(……気になってた?)
思わず心臓が跳ねる。
けど、顔に出すわけにもいかず、曖昧に笑った。
「そういうの、SNSとかに載せたりしてる?」
「まあ、ちょっとだけ」
「へえ。私も……ちょっとだけ、書くの、好きだよ」
その言葉に、ピクリと反応する。
まさか、優衣が――?
いやいや、冷静になれ。
創作好き=柚猫、ってわけじゃない。偶然、偶然だ。
「神谷くん、SNSってどこ使ってる?インスタとか?」
「いや、“つぶやき箱”っていうとこ」
「――!」
一瞬、優衣の手が止まった。
表情が、かすかに固まったように見えた。
でもすぐに、何でもないように笑い直す。
「へえ、つぶやき箱って、ちょっとレアだね」
「まあ、文章メインだからね」
「……そっか。いい趣味だと思うよ、そういうの」
「ありがと」
会話はそれっきりだったけど、俺の中ではモヤモヤが止まらなかった。
あの反応――
やっぱり、“柚猫”って、夏原優衣なのか?
***
夜、スマホに通知が来た。
「今日は話しかけられて、びっくりした。でも、ちょっと嬉しかった」
(@Yuzu_ktn)
投稿の時間は昼休みのすぐあと。
俺が優衣と話した、あの瞬間とピッタリ一致する。
「もしかして、あの人……“君”かもしれない」
(@Yuzu_ktn)
やばい。これは確定だ。
“柚猫”の中の人は――夏原優衣。
(どうする?バラす? でも、どうやって?)
俺の正体は、まだ彼女にバレてない。
このまま、ネットの俺と、クラスの俺――どっちでも関係を深めていくのか?
それとも、いつか真実を伝えるべきなのか?
答えの出ないまま、夜は更けていった。
───────────────────────────────────────────────────────────
翌日から、夏原優衣はなぜか、俺にちょこちょこ話しかけてくるようになった。
「ねえ、昨日のHR、出席カード出した?」
「古典の課題、どこまでだっけ?」
「てかさ、購買のパン、売り切れ早くない?ほんと鬼」
そんな日常のやり取りが、俺にとっては驚きだった。
(昨日までは、ほとんど話したことすらなかったのに……)
それでも、会話は不思議と心地よかった。
優衣の言葉は軽くて、でもちゃんと人の間に入ってくる温度がある。
「……神谷くんって、さ」
放課後、帰り支度をしていたとき、彼女が唐突に言った。
「けっこう優しいよね。黙って聞いてくれるし」
「え、そうかな……」
「うん。あ、でもちょっと目合わせないけど」
図星だった。
「……ごめん、なんか、そういうの苦手で」
「わかる。私も、ちょっとそう。特に、好きな人とかだと、ね」
そう言って、彼女はわざとらしく目を逸らした。
一瞬、冗談かと思ったけど、その横顔はほんのり赤い。
俺は、返す言葉を失った。
***
夜。
スマホの通知が光った。
「好きになりそう、じゃなくて、もう好きなんだって、気づいてしまったときが、いちばんこわい」
(@Yuzu_ktn)
鼓動が跳ね上がる。
きっと、これは俺に向けた言葉だ。
でも、画面の向こうの“俺”の正体を、優衣は知らない。
「現実の君と、ネットの君が、同じだったらいいのに」
(@Yuzu_ktn)
知らないふりをして、近づいてくる彼女。
正体を隠したまま、それに応えてしまう俺。
この関係、ずるいのは――きっと、俺の方だ。
***
週末、思い切ってDMを送った。
「いつか、会って話せたら嬉しいな」
「うん、私も。それが夢、かもしれない」
そう返ってきた文章に、勇気をもらった。
今なら、言えるかもしれない。
けれど、もう一歩がどうしても踏み出せない。
「本当は、君のこと、ずっと前から知ってたんだ」
――そんな言葉が、喉の奥で止まったまま、消えていった。
───────────────────────────────────────────────────────────
秋。
文化祭の準備が始まり、クラス中がざわついていた。
出し物は、定番のカフェ。
俺は張り紙係として、手書きメニューを作る担当になった。
「神谷くん、字めっちゃ綺麗じゃん!デザインもすごっ」
「え、ありがと……」
それを褒めてくれたのは、もちろん夏原優衣。
この数週間で、俺と優衣の距離は確実に近づいていた。
登下校で一緒になる日も増えたし、昼休みは隣の席で一緒にパンを食べる。
だけど――どんなに距離が近づいても、俺たちはまだ“ほんとう”を知らないままだ。
***
ある放課後。
俺は残ってポスターを描いていた。
「……ん? これ、もしかして」
机の上に開きっぱなしにしていた自分の創作ノート。
優衣が、それを覗き込んでいた。
「“夜風の独白”、これ……“@kamiyakun_141”の投稿と同じ……?」
全身が一瞬で凍りつく。
「……えっ、知ってるの?」
「……うん、ずっと読んでた」
彼女の声が震えている。
「じゃあ……君が、“@kamiyakun_141”……?」
「……うん」
(しまった。バレた)
ノートに書いた文章は、SNSに投稿したものとほぼ同じだった。
誰が見ても、気づくようなレベルの一致。
「じゃあ、ほんとに……ほんとに……」
優衣はゆっくりと後ろに下がった。
まるで、すべてのピースが一気にハマったかのように、彼女の表情が変わる。
「神谷くんが、私のこと――全部、知ってたんだ……」
「優衣……ごめん。言えなかった」
「……そっか、知ってて、ずっと……」
「違うんだ。気づいたのは、最近で」
「嘘。私の“つぶやき”に、最初に“♡”をくれたの、いつか知ってる?」
「……」
「高1の冬。まだ名前も顔も、まともに知らなかった頃。
でも、神谷くんは“知ってた”。
ずっと前から、気づいてたんじゃないの?」
彼女の声が震えていた。
怒っているわけじゃない。
でも――傷ついていた。
「優衣……」
「私、本気で信じてたの。“中の人”が誰でもいいって。
でも、いざ正体が分かると、こんなに苦しいなんて思わなかった……」
彼女は言い終わると、ノートをそっと机に戻した。
そして、俺の目を見ないまま、静かに言った。
「……少し、距離を置こう。ごめん」
その背中が、遠ざかっていった。
あんなに近かったはずの距離が、一瞬で消えてしまった。
止まった時間の中で、俺はただ、何もできなかった。
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それからの一週間、夏原優衣は俺に一言も話しかけてこなかった。
昼休みも、放課後も。
文化祭の準備のときでさえ、俺とは最低限の言葉しか交わさなかった。
「これ、貼っといてくれる?」
「うん、わかった……」
それ以上、会話は続かない。
隣にいても、まるで壁があるようだった。
(こんなはずじゃなかった)
俺は、彼女の正体に気づいて、嬉しかったはずだった。
ネットでも、現実でも、繋がれるって思ってた。
でも――
現実は、そんなに甘くなかった。
***
優衣の“つぶやき”も、止まっていた。
「@Yuzu_ktn」のアカウントは、沈黙したままだ。
(俺は、彼女を壊してしまったのかもしれない)
そんな思いが、胸を締め付ける。
***
文化祭当日。
教室はカフェ仕様に飾り付けられ、にぎやかな音楽と笑い声が満ちていた。
俺はホールの隅で、メニュー表を並べたり、注文の伝票を整理したりしていた。
そして、ちょうど昼過ぎ――
「神谷くん、外、ちょっといい?」
後ろから、小さな声が聞こえた。
振り返ると、優衣が立っていた。
表情は、どこか緊張していて、でも、以前のような壁はなかった。
「……うん。行こう」
***
屋上。
他の生徒の姿はなく、風が少し冷たくなってきていた。
「……あのね」
彼女が口を開いた。
「“柚猫”として話すと、少しだけ勇気が出る気がして。だから……今は、そっちの声で喋ってもいい?」
「もちろん」
優衣は深く息を吸い込んだ。
「“君”が神谷くんだったって、気づいた時、びっくりして、怖くなって、……なんか、自分が全部見られてたような気がして、苦しくなったんだ」
「……うん」
「でも、よく考えたら、私もずっと“君”のこと見てたんだよね。
文字で、投稿で、誰かも知らないまま、想いを重ねてた。
お互いさまだったんだよね、ほんとは」
「……俺も、優衣が“柚猫”だって気づいた時、本当はすごく嬉しかった」
「じゃあ、どうして言ってくれなかったの?」
「怖かった。
もしバレたら、全部が壊れそうで。
現実の君と、“画面の中の君”を繋げるのが、怖かったんだ」
彼女は少しだけ笑った。
「なんか、似てるね。お互い、怖がってたんだ」
「……うん」
沈黙。
でも、その静けさは、あたたかくて、優しかった。
「私、また“つぶやき箱”に戻ってもいいかな?」
「もちろん。むしろ、待ってた」
「じゃあさ、最初の投稿は、“現実の君と、ちゃんと会えた”って書く」
「……ありがとう」
優衣は、ふっと笑った。
「でも、それより先に言いたいことがあるんだ」
「……なに?」
「現実の君も、画面の君も、全部含めて――」
彼女の目が、まっすぐに俺を見る。
「私は、神谷くんが好き」
鼓動が、跳ねる。
全身が、一気に熱くなる。
「……俺も。ずっと、優衣のことが好きだった」
彼女が、笑った。
この数週間でいちばん、自然な、やさしい笑顔だった。
「……じゃあさ、これからはもう、知らないふりしなくていいよね?」
「うん。これからは、“正体あり”で、ずっと一緒にいよう」
そう言って、俺たちは並んで屋上のフェンスにもたれた。
秋風の中で、初めて本当の意味で、ふたりは隣にいた。
TheEND
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ちょっとした後日談
***
「じゃあ、ここに座ってて。チキンカツサンド買ってくる」
そう言って、優衣は購買へと駆けていった。
あいかわらず早歩きで、すぐ人混みに紛れて見えなくなる。
……彼女と、こうして昼休みに並んで過ごすようになって、もう一ヶ月が経った。
クラスで公認の“仲良しカップル”。
正体バレ事件(優衣命名)を経て、いろいろ吹っ切れたらしい。
今はもう、俺の腕に堂々とくっついてきたり、SNSの投稿に「#彼氏の話」とタグをつけてたりする。
「あーもー、神谷くんってほんと可愛いんだよ!笑ったときの顔がずるい!」
とかなんとか、毎晩のようにつぶやいてくるので、通知が追いつかない。
……嬉しいけど、ちょっと照れる。
***
放課後、校舎裏のベンチ。
夕日が差し込む中、並んで缶コーヒーを飲んでいた。
「ねえ」
「ん?」
「私さ、最初は“中の人”に恋してたんだよね。文章の世界に惹かれて、心を救われて」
「うん、知ってる」
「でも今は、ちゃんと“現実の神谷くん”が好きなんだよ。文も顔も、しぐさも、ちょっと猫背なとことかも」
「……お前さ、褒めてんの?からかってんの?」
「両方♡」
優衣は笑って、俺の肩に頭を預けてきた。
「来年、進路とかバラバラになるかもしれないけどさ」
「うん」
「それでも、ちゃんと隣にいられるように努力する。
文章でも、言葉でも、現実でも。
ちゃんと好きって、伝え続けるから」
俺は、その言葉の重みに負けないように、小さく息を吸って――
「俺も。絶対に、忘れさせない。
“中の人”も、“現実の俺”も、どっちも本物だって、証明する」
彼女は嬉しそうに目を細めて、俺の手をぎゅっと握った。
「……ね、今夜また投稿して。
“今日も隣にいてくれてありがとう”って」
「了解。
#彼女が照れてました、ってオマケつけてもいい?」
「やーめーろー!!」
そう言って、笑い声がふたり分、夕焼け空に響いた。
SNSで出会った“中の人”が、実はクラスメイトだった ナマケロ @Namakero12
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