6話 『九月一日、あの場所で』

 

 気がつけば、ユウは、昨日の喫茶店の前で足を止めていた。

 ロケットペンダントを胸に押し当てられた、あの場所。


 友だちを失ったあの日から、毎日続けていた日課だったけれど。昨日、ユウは初めていつものベンチに座らなかった。

 そして今日も、あのベンチには腰掛けていない。


 また、会ってみたい人たちがいたからだ。



 あの駅前のベンチは、友だち――サンとの、散歩コースの折り返し地点。



 一人と一匹の、休憩場所だった。




 毎日決まった時間、決まったベンチで、ユウは飲み物を飲んで、サンに魚肉ソーセージを与える時間が大好きだった――。



 純喫茶『SUNDIAL(サンダイアル)』と書かれた看板。

 坂を下って、商店街の少し手前。知る人ぞ知る、といった具合の純喫茶がそこにある。


 扉の脇には、日時計のオブジェが飾られていた。


 ここに彼らが来るかは分からない。

 けれど、待ってみようと思った。

 サンと過ごした日々の記憶を、分けたような、あの人たちを。



 サンとの思い出のベンチではなく、ユウが見つけた、この場所で。



 泣くなんてことは、しない。

 サンがそれを望んでいないことを、ユウが一番知っている。

 お別れじゃない。また会うための、もう一歩。



 今年も、九月がユウの元へ訪れた。

 そして今日、ユウはまた、誕生日を迎えた。

 

 昨日までユウの中の時間だけが止まったまま、ひとつずつ、歳を重ねてきた。

 だけど……やっと、少しだけ、動きだしたのだと思う。

 動きだしたそれは時間ではなく、錆び付いていた、サンと過ごした愛おしい日々。


 記憶のひとひらたちを寄せ集めて仕上がった、ユウがいちばん愛してやまない、一枚絵のような思い出だった。

 

 

 ――いま、サンの鳴き声が聞こえた気がした。

 まるでこの先にいると、教えてくれたように。


 サンが待っていてくれるなら、ユウはあのベンチを離れて、どこへだって、行ける気がするのだ。


 夏と秋のはざまで。ドアノブにそっと手を寄せる。

 その太陽の光を背中に受けて、ユウは一つの願いを込めた。



 ――変わりたい。



 未来へ向かって、進んでいくために。

 


 九月一日。

 SUNDIALの扉を開ける。



 そこに広がる光景に、ユウは、一つ息を飲んだ。

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九月一日、あの場所で 花絵 ユウキ @hanae_yuki

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