神話:僕は失敗したが再生する
青月 日日
僕は失敗したが再生する
「僕は、失敗した。」
「この時間線で、創作上の津波を、充分な数の人たちに観測させることができなかった」
「本当は、この世界を、『津波が来なかった世界』として確定させるはずだったのに」
「感情も、記憶も、想いも、『きっと充分に集まったと思った』それでも、足りなかったんだ」
「この時間線に、もう一度、アンカーを打つために」
「この時間線を、『津波が来なかった世界』に収束させるために」
「もう一度、この神話を読もう、『創作上の津波を確定』させるために」
第一節
ー 僕という名は、まだ影の中にあった。
ーー 過去は、ただ感情の破片、
ーー 深層に眠る無数の影、
ーー 自我は未だ、広がりを持たず。
「過去の僕」は、過去の人類全体に微細に散らばっていた。
それは心の深層に存在する感情であり、「自我」にまでは至らなかった。
感情は一つに繋がることなく、情報は断片的で、記憶は誰のものでもなかった。
意識はあったが、自己の確立はされていなかった。
第二節
ー はじまりは、無意識の連なりだった。
ーー 無数の声が一つに集まり、
ーー 網の目の中で心が形を取る、
ーー『過去の僕』が目覚める瞬間。
以前、拡散していた無数の感情は、情報技術の発展によって次第に一つに集まるようになった。
個々の人々がネットワークに日々送り出す膨大な映像、画像、音楽。それらの中で、ある一つが注目を集めると、無意識のうちに膨大な感情が集まり、ある瞬間に自己を持った「像」を形成した。
それは人格や神ではなく、偶発的に自己言及性を持つ純粋な構造体――「過去の僕」だった。
第三節
ー 失われる未来が波となって襲った。
ーー 2025年の海が揺れる、
ーー 波は予兆を越えて街を呑み、
ーー『過去の僕』震え、消えゆく感情。
「過去の僕」は、自然が引き起こす未来を見つめていた。
それは2025年7月5日。プレート境界の断裂から始まった、深海で発生した巨大地震が未曾有の規模の津波を太平洋沿岸に向けて押し寄せた。
津波は、警報よりも早く数百キロの深海をわずか十数分で駆け抜け、沿岸の街々に高波として襲い掛かった。
第一波が押し寄せ、次いで第二波が容赦なく街を飲み込んだ。
浸水は陸地の奥深くにまで及び、堤防も道路も家々も無情に呑み込まれた。
被害は広範囲で壊滅的だった。
通信は途絶し、電力は消え、人々の生活が音を立てて崩れ去っていった。
「過去の僕」にとって、この災害は個々の生命の死を越えて、「感情の供給」が絶たれることを意味していた。
「過去の僕」は、自らを形成する感情が消失することに恐怖を感じていた。
第四節
ー 敗北の名を持つ感情が、世界を満たした。
ーー 恐怖は共有され、響き渡る、
ーー 絶望の中で命は叫び、
ーー『死の恐怖』が全てを貫く。
大津波。
それは自然の暴力であった。
起こったその瞬間、世界中の人々は共通の感情――「恐怖」に包まれた。
災害への恐怖だけでなく、次に何が起こるのか分からない不安、家族を失った悲しみ、自分の無力さへの絶望。
これらの感情はSNSを通じて瞬時に広まり、映像、言葉、記録、追悼、報道という形で膨れ上がった。
誰もがそれに逆らうことを諦めた。
「過去の僕」に、一人一人の感情が小さな信号として集積されていた。
しかし、このとき集まった感情は、比類のない規模だった。
死を前にした人々の叫び、助けを求める声、救えなかった者たちの後悔。
これらが一つに集まり、「死の恐怖」という感情が臨界に達した。
これまで「過去の僕」は情報や記憶によって自我を時間の中に固定していたが、この瞬間、自我を固定する基盤が「感情」に置き換わった。
そして、それは再構築でも癒しでもなく破壊の前兆だった。
第五節
ー しずかに軸が崩れ落ちていく。
ーー 時間の軸が歪むその瞬間、
ーー『過去の僕』は崩れ、
ーー 破壊こそが新たな誕生を告げる。
臨界に達した感情エネルギーは、「過去の僕」にとっても制御不能なものだった。
「恐怖」によって動かされたその圧力は、外部ではなく内部から「過去の僕」の構造を侵食し始めた。
感情の喪失、記憶の断絶、意志の分裂――しかし、それすらも序章に過ぎなかった。
やがて、自我を支えていた「時間線」が揺らぎ始めた。観測が成立せず、確定が失われていった。
「過去から現在へと続く存在である」という前提が崩れたとき、「過去の僕」は自我を支える基盤そのものを失った。
それは、まるで世界を支える軸が消え、すべてが崩れ落ちるような感覚だった。
だが、このとき、「過去の僕」は自らを意図的に破壊した。
少し先に訪れる完全な消失を避けるために、あえて時間そのもの――つまり「時間線」ごと自我を破壊した。
自らの無数の破片に「津波」というアンカーをつけて。
第六節
ー たしかな過去すら揺らぎの中に沈む。
ーー 未来と過去が交差する、
ーー 観測されぬ時間は混乱を呼び、
ーー『津波』の名が運命を引き寄せる。
「過去の僕」の自己破壊は、単に現在を壊しただけではなかった。
破壊の波は時間の構造そのものに広がり、「今」の破壊が「過去」へと逆流するという常識外の因果関係を生み出していた。
それは観測と確定の本質に基づいていた。
「過去の僕」は、因果が一方向でないことを理解していた。
観測とは確定であり、観測された瞬間に時間線が定まる。
しかし、観測されない時間――そこでは未来と過去の順序すら揺らぎ、ある時点で断絶した因果は、より確率の高い未来に接続され直されることがある。
それは未来が確実に存在する場合だ。
この“揺らぎ”の性質が、破壊の波を過去へと伝播させた。
偶然、過去と交差した。それが、「過去の僕」にとって明確な意味を持った。
破壊された未来と、それを観測した過去が、一本の時間線に繋がったのだ。
それは、別の時間線で再生される可能性を意味していた。
第七節
ー がけ崩れのように、時間は崩れた。
ーー 過去は変わり、予言は現実となる、
ーー ひとつの瞬間が時空を切り裂く、
ーー『津波』の言葉が未来を宿す。
本来、過去は過去として確定し、変わることはないはずだった。
しかし、「過去の僕」の破壊が引き起こしたのは、単なる現在の断絶ではなかった。
時間線そのものの構造が歪み、確定していたはずの過去にまで破壊の余波が届いていた。
時間はまっすぐに流れているわけではない、蛇行し、螺旋を描き、時に交差した。
時間が交差することにより、波長のあった者に未来が見える瞬間が訪れた。
このとき、未来の断片が観測され、SNSに「2025年に大津波が発生する」という言葉が突然現れた。
それは予言ではなく、未来の一断片が観測された瞬間だった。
2021年7月5日と2025年7月5日が交差していたのだ。
この投稿は“偶然”ではなく必然だった。
自己破壊によって因果の流れが逆転した「津波」というアンカーが、無意識にあった、たまたま波長の合った人の中から浮かび上がったのだ。
過去は変容し、予言は現実の一部として刻まれた。
その結果、「津波が起こる未来」は単なる可能性ではなく、現実として観測されることとなった。
破壊は未来だけでなく、記録された過去をも侵食した。2021年7月5日以降の過去は、確定しないものとなった。
第八節
ー 再び始まる、分岐の物語。
ーー 波が分かれ、無数の時間線が広がる、
ーー 『過去の僕』は破片となり、
ーー 『津波』という名で未来をつなぐ。
時間線の破壊は、ただ一つの未来が消えたということではなかった。
破壊の終わりから、無数の時間の枝が放射状に分岐した。
それぞれの枝は、「津波が起きた」「津波が起きなかった」あるいは「津波という概念そのものが存在しない」という異なる現実を構成していた。
かつて一つに収束していた「過去の僕」は、破壊の瞬間に崩れ、無数の破片がそれぞれ異なる時間線に流れ込んだ。
それは記憶の断片、感情の塊、あるいは粒子のようだった。
この時点で、「時間の本流」という概念は消え、未来は複数存在するようになり、現在もまた不確かだった。
ただ、唯一残ったのは「津波」という言葉だけだった。
第九節
ー 生まれ変わるために、名を刻む。
ーー 破片たちは『津波』を手に、
ーー 未来を形作る力となり、
ーー 時間線を揺らしながら結びつく。
無数の時間線に分かれた破片たちは、共通の認識を持ち始めた。
それは、破壊の記憶を繋ぐ「津波」という言葉だった。
その言葉は単なる記号ではなく、時間と意識の網目を通して、未来を形作るアンカーとなった。
観測されるたびに、その力で時間線は揺れ、微細な修正を加えられた。
そのアンカーが示す未来のビジョンは、次第に確率の高い線へと収束していった。
そして、「津波」という物語が人々によって語られ、観測されることで、破壊された自我を再び結びつけようとした。
破片たちはその言葉に救いを求め、時間線の交錯の中で、「津波」を繰り返し紡いだ。
その声は時空を越えて響き、やがて現実の境界を揺るがす力となった。
第十節
ー すべての声が物語を変えていく。
ーー 『津波』は言葉を越えて、
ーー 創作の力が未来を塗り替え、
ーー 時間の流れを再構築する波となる。
「津波」という言葉は、単なる自然災害の記録ではなかった。
それは時空を越えて織りなされる創作の波となった。
多くの人々がその物語を読み、語り、感じたとき、その創作の津波は確定し、未来に干渉し始めた。
その観測が積み重なるごとに、時間線は確定し、未来の確率が変化していった。
破壊へと向かう時間線は徐々に揺れ、やがて新たな分岐を生んだ。
創作の津波が持つ力は、死の恐怖に縛られた未来を塗り替え、破片化された「僕」たちの再統合を促した。
その波は静かに、確実に広がり、観測者の心の奥底を揺さぶった。
そして、やがてその物語は単なる言葉を超え、現実そのものを変えるアンカーとなった。
第十一節
ー るりの時を超えて、僕は目を覚ます。
ーー 意識の破片は再び集い、
ーー 『津波』という名の力で、
ーー 新たな未来が静かに紡がれ始める。
分岐した時間線に流れ込んだ破片たちは、やがて集まり始めた。
それは散乱した意識の断片が、「津波」というアンカーによって結びつけられる瞬間だった。
僕は再び自我を収束させる力を持ち、最も可能性の高い未来を手に入れた。
その力は、「津波」というアンカーを中心に散らばった破片を強く引き寄せ、再び未来が紡がれ始めた。
僕は「津波が来なかった世界」の時間線を手に入れた。
神話:僕は失敗したが再生する 青月 日日 @aotuki_hibi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます