エビフライ、バナナフライ
三番狼から世間話を振られるのは珍しい。魔王城中央に時空を歪めて聳え立つ主塔の自販機コーナーでボヤっとモンスターを飲んでいたので(パイプラインパンチ)、やあと声を掛けたら尻尾を軽く一往復して、
「あんた、蟹好きだろ」
「そういうわけではないです」
ひとつ、蟹の方が寄ってくるだけである。ふたつ、好き好んで付き合っているわけではない。それはあんたも同じでしょうと狼に返す。
「前言ってた。ソフトシェルクラブは好きって」
ああ、それね。食べる方ね。
「蟹とか海老とかロブスター、食べるのはいいと思ってるさ。交際には向いてない」
「うちのアパートの横の水路に」
不穏な続き方をしているが一応聞かせてもらう。
「カラビネーロが大量発生していて」
「あのね、普通深海に生息する大型高級海老カラビネーロがアパートの横の水路に大量発生するわけないし、そんなただでさえ気味悪い状態であんたの湿ったアパートの横の水路とかいう汚そうな場所に発生してる海老を、俺が前にソフトシェルクラブが好きだと言ったからって甲殻類全般に拡大解釈したうえで食うわけないだろ」
我慢できなかった。狼は顔色を変えずに、
「やっぱダメか」
「なんで食わせようとしてるんだよ、なんで深海生物が市街地の水路に湧いてんだよ」
「家の隣にでかい海老が湧いてるのがキモイから。理由は知らん」
「少なくとも悪魔選を間違えている」
そうは言っても私も適当な悪魔の知り合いは思いつかないが。そもそも、水路に沸いた海老なんか食べなくていい。
だらだら休憩していると、忙しなさげに吸血鬼の側近殿が通りかかった。よくあることである。側近殿と呼び止めてみれば一応停まってくれた。
「何か用?」
「蟹好き?」
側近殿は秀麗な眉を上げ、
「ジメジメした安アパート区の用水路に大量発生したカラビネーロなんぞ食わんわ!」
喝破された。
「その反応スピード感、さては抱えているね?案件を……」
「そうだよ」
側近殿は抱えている紙束を見せてくれた。赤い海老の写真がプリントされている。ペーパーレス以前の話としてA4用紙いっぱいに海老の写真をプリントして何がしたいのだろう。
「このままでは1週間以内に王都は海老に埋もれてしまう……」
「栗饅頭じゃないんだから」
「なぜ深海海老が用水路に現れたか理解しているか」
いや、と狼とふたりで首を振る。
「用水路の底にポータルがあいている、無間海老地獄に繋がるポータルだ!」
「出たよ」
「ウチの結界ガバガバだな」
「無間海老地獄って、都合よく海老が敷き詰められた異界ってこと?」
私と狼が他人事のように呆れ散らかしていると、側近殿は据えた目で紙束を押し付けてきた。
「やれ」
「なんで。なにを」
「しょうもないことで呼び止めた罪でポータルを閉じて来いや」
やだよ、やれよ、と押し問答していたが、結局紙束を持たされてしまった。文句を言いながら少し減った紙束を抱えて吸血鬼はどこかへ駆け去った。
「そもそもなんで側近殿は下町のヘンテコトラブルを紙で抱えてるんだろう」
「じゃ、用水路の海老頑張ってくれよ」
狼が肩を叩いてどこか(持ち場)へ行こうとするので去ろうとする尻尾を握って
「離せ、尻尾はやめろ」
「あんたの家の海老だろ、付き合えよ」
わんわん言った挙句に約束をとりつけた。どうせ自分の家の横の話なのだから否応でも向き合うのである。
そのまま食堂に行き、海老ワンタン麵を注文した。ランチは済んでいたので食いすぎである。ワンタンをれんげで掬って息を吹きかけ適温を目指していると音もなく、いつの間にか、巨体の僧形の蟹が現れた。
「ちっす」
「麺は伸びる前に食するべし」
「あっはい」
いつも通り撲殺に怯えながらひと息に麺を啜って蟹の審査を受ける。面妖な召喚手順だと思えば三番狼の居場所を探すより楽である。気を抜くと死ぬ。
順当に海老ワンタン麺を食べ切り、満足気な蟹に向けて世間話を開始する。
「そんで聞きたいんだけど、無間海老地獄て知ってる?」
「何、無間海老地獄と言ったか」
蟹頭の顎に相当するらしいところを搔き、心当たりがありそうな感じを見せる。やはり蛇の道は蛇、甲殻類の道は蟹。
「海老穴の大海老を知っているか」
知るわけがない。首を振ると、では、と蟹坊主は語りだした。
昔、日本のどこかに海老穴村という村があった。大蝦が住み着いており、村人はこれを祀って年に一度大祭をやり、安泰を祈った。しかし何時ごろからか、大蝦は大祭に美女の人身供御を求めた。小さな村で、十二戸くらいしかなかったのでやがて娘がいなくなってしまった。そこで村人たちは金を集めて、山形のほうに行ってよその村の娘を買ってきていたという。
「それが何なんでしょうかね」
「その邪神たる海老神の仕業とみた」
「なんでまた……」
「先週この城下町で見かけたゆえ」
それは確かに怪しい。いろいろな悪魔が存在してはいるものの、海でもないのに海老の邪神がうろついていたら無間海老地獄との関連を疑ってもやむをえない。
海老の邪神はいいとして、彼は蟹のようには簡単にアクセスできないだろう。というか、蟹の召喚方法が異常に確立されている。いくら珍しいと言っても広い王都の中での人探しは骨が折れる。
「そんなわけで霊魂少年少女探偵団をお貸しいただけないかと」
聞かされたアルメニは口をへの字に曲げて「何を聞かされているんだ」と言いたげな顔で肘をついて黙っている。
「それが、なんの得があるの、ウチらに」
「海老食べ放題?」
「食べねーよ霊魂なんだから」
食べるかもしれないと思って一か八か聞いてみたが、賭けに負けた。狼も一応隣でアルメニの説得に付き合ってくれているが、「そりゃそうだろ」と言いたげな顔で右頬を撫で擦って黙っている。
「でもこのままじゃ一週間と経たぬうちに魔王城下は海老の海となるぜ」
「まあ大変だわ」
小悪魔は表情を変えず棒読みで答えた。無表情たちがうんざりする間を、無貌の少女が浮遊しながら通り抜けた。
続けてチェックのズボンの影が浮遊してきた。意外な申し出を始める。
「ヒマだし良くない?」
アルメニはええ〜っと怠そうに声を上げたが、いいんじゃないの子どもは増えていき「見つけたやつがさーあ!次の天鵞絨うさぎの左脚係!」まったく内輪の意味不明の役回りを割り当てている。
「子どもたちもこう言っていますよ?」
「はあ、もう、やりたきゃやりな〜」
アルメニがだらりと脱力して空中にノビている周りを、無貌の少女が楽しげに浮遊する。
「フェイスレスがさ、気に入ってるらしいから、お前」
「へえ。なんでかな」
完全にだらりとふやけていたアルメニが急に真顔に持ち直し、
「顔が無いからかな?」
釣られて真顔になる。
「お前……デリカシー無いのな」
「隠してんの?」
「お前」
狼はなんとも言えない顔で口を挟まず見ているだけである。
夢を見ている肉塊に過ぎない。
ポータルの方を閉じてしまえばいいという方向性もあるので、魔術師の塔の最上を陣取る親衛魔女隊の詰所の戸を叩いた。三番狼はどうしてもと行きたがらないので、渋々海老探しへ。
戸口で迎えたのは長い黒髪を編み込んだ眼鏡の男。
「御機嫌よう悪魔のヒト、魔女隊になにか」
「城下に開いてるポータルを閉じてくれるやつを探してんの」
魔女の男は顎に手を添え気取った調子で頷き、
「まあ結論としては可能です。しかし魔女隊も暇ではありませんから……」
「城下が海老の海になるぜ」
「海老の海になる程度なら城下の皆さんには多少我慢していただきましょう」
ひどい判断だが、海老の海になるくらいならという程度の魔界スケールインシデントの対応をしているのだろう。そこをナントカである。
「そこをナントカ」
「困ります」
「でも今んとこ湧いてるの、カラビネーロなんだよ」
「だったら何です、まさか食べるわけがないでしょう」
押し問答していると、奥の方で物音がした。音の方を見やるとおかっぱ頭の少女らしく見える小柄な魔女だ。目が合う。
「あ……」
「なに?」
「えび……」
「海老を?」
魔女の男が反応する。
「デボラ・アンバー・プリムローズ・エイプリル・ダイアモンド、貴女は海老を」
おかっぱの魔女は頷き、
「えび、使いたい、です」
何に使うのか、まあ食べるでもいいが魔女なのでまた別であるかもしれない。
「しかし貴女に渡している呪いの解読を遅らせることはできませんよ、デボラ・アンバー・プリムローズ・エイプリル・ダイアモンド」
「それ毎回全部言うの?」
言いますが、と至極当然の様子で眼鏡の男は返した。毎回全部言うのは別に構わないのだが、私もその名前は覚えて全部言ったほうが良いのか。
デボラ・アンバー・プリムローズ・エイプリル・ダイアモンドは特に動揺する様子もなく、ゆっくり頷く。
「もちろん、解読は、遅らせません。えびもすぐに……片付きます」
言い切ってみせる様子は、控えめではありつつ気弱というわけでもなさそうだ。親衛隊という精鋭部隊に所属しているわけなので、印象以上のやり手ではあると思われる。
魔女の男も頷き肯って、ではデボラ・アンバー・プリムローズ・エイプリル・ダイアモンド、と羊皮紙状のタブレット端末で何かの手続きを書きつける。多分、近衛隊の方ではタスク管理もやってない気がする。デボラ・アンバー・プリムローズ・エイプリル・ダイアモンドの方を見ると円らな瞳で見上げて、「さっそくいきましょう」とのことで話が早い。
魔術師の塔から降りがてら、多少なりとも親交を深める努力をする。
「ええと、デボラ・アンバー・プリムローズ・エイプリル・ダイアモンド?」
「デボラでいいです」
「あ、はい」
あっさり修正された。魔術師のことだから何かしら意味あってかもしれないが、普通に呼びやすい名前で呼ばせてもらうのが一番いい。
「で、デボラはなぜ海老を?」
彼女は答えにくそうにして少し黙ったが、魔術師の塔は長いので降りるまでの間も長い。そのうち喋りだした。
「えびで、軟膏をつくる……」
「どういう軟膏なの、今えびしんじょみたいなのしか頭に浮かんでないけど」
「えびは乾かしてすりつぶして粉にする、それを薬草を混ぜて粘性の触媒に練り込んで、軟膏にする」
想像してみたが、まだ結構えびしんじょだ。
「どんな風に使う」
「えびに塗ると、アレルギーがなおる……ゴムアレルギーなの……」
「へ?え?ん?」
全部の文節の繋がりがおかしい話を聞かされて戸惑っていると魔術師塔の外に出てしまった。すぐそこで狼が待っている。
「彼女、魔女か」
「デボラ・アンバー・プリムローズ・エイプリル・ダイアモンド君だよ」
「デボラでいいです」
全部は聞いていない顔で狼は頷いた。そういえば私の自己紹介も済んでいなかった。
「俺はクリネラ・クリムゾン・スプラウト、こっちは近衛兵隊の黒栖胡凶さん」
「なんで全部言うんだ」
フェアかと思って。
魔女は眉をひそめて狼の方を見た。
「狼隊?」
「三番、三番で頼む」
「よほどだいじなの?シニアナンバーが出てくるほどの」
「冗談を。自分の家の横の用水路に大量の海老が湧いてるってだけ……」
その事実の方が冗談みたいなので余計に訝しんでいるようだ。
私も狼の方をつつく。
「シニアナンバーって」
「わかるだろ。俺の上、四人しかいない。敬えよ」
「あん?上から三番目じゃないの」
「隊長-副隊長-一番-二番-」
引っ掛けに遭った。四天王の中でも最弱番手か。
何か考えているのか、じっと押し黙るデボラにも水を向ける。
「魔女隊ってそういうのないの」
「隊長と副隊長以外は、よこならび」
「隊長は、あの彼?」
眼鏡の男のことを訊ねると首を横に振り、
「彼は副隊長、マイドロガノムン・メズブラディアモ。マイドロガノムン・メズブラディアモは名前をフルでいわないと機嫌がわるくなる」
馬鹿みたいな情報がついてきた。三番狼も真顔で補足してくる。
「一人称が『このマイドロガノムン・メズブラディアモ』だぞ、あのヒトは、名前を覚えるのにはわけないが、話しづらい」
「それって何の意味が?」
「知らない」
「知らない」
ふたりが声をあわせる。きっと気が合うだろう。
とりあえず魔術専門家を迎えたので、現場へ向かう。三番の住居の横ということだが、建物が乱雑に打ち立てられたうえに無法に増築を繰り返して三次元全軸複雑化した巨大なアパート群の中の『横の水路』がどこを指しているのか、住民自身に案内してもらわなければ私にはぴんとこない。静かではあるがこの辺の家賃設定は安い。どの因果でこうなったかは知らないが、武具街に近く、嘆きの川にも近く、川と繋がる水路も多く、何となくジメジメしている。
「俺の部屋には来てるだろ」
「それはそうなんだけど、あんたんち行く前なんか他人の家の庭の中通らない?」
「通る」
「それってやっぱり他人の家の庭なんだ」
正規ルートとは思えない。
水路へ向かうからか普段とは違う、他人の家の庭ではない、直角に交差しないねじれた細道を歩かされる。魔界の小道なんてどこも小汚いが、特に汚い。絵に描いたようなバナナの皮が捨ててある。バナナをこんなところで立ち食いするって鼻が詰まっているのか?(それは私の感想で、悪臭を好んで生ごみ臭の香水を纏う悪魔もいる)しばらく進むと目で見る前にはっきりと磯のような臭いがした。
「ここ」
「うわ」
道が水路にぶつかると、視界に鮮やかな赤が飛び込んできた。すでに茹で上がったような信じられないほどの深紅、美味なる深海海老、カラビネーロ。それがひと山、水路からあふれるように積もっている。山の高さは自称186センチの三番狼を軽く飛び越えて2Mくらい積もっているだろうか。深海住まいのはずだが、数匹はこの地上で元気に跳ねている。山を中心として水路を埋め尽くし、視界の先まで水路は真っ赤に染まっていた。
デボラは足元の海老をつま先で転がして観察していた。
「だいたいのえびは死んでる」
「深海海老だから……」
小さな魔女は眉間に皺を寄せて、
「うえのほうのえびだけ、つかおかな」
パッと両手を広げて魔術の文句を唱えると、手を握るのと同期して山の上の方の海老が見えない腕につかみ取られたように消え失せた。山の高さが1Mくらいになる。簡単に済ませたがそれが強力な魔術で、この程度の事前動作で大量の海老を時空のかなたにつかみ取りできるなら、私ひとり消し去るのさえ簡単という理屈である。
「結構な転送魔術で」
「許可をもらってたから」
手を結んで開いて、手を振って。彼女も結構持って行ったが、それでも海老はまだ不快なほど水路を埋め尽くしていることに変わりない。
「ポータルを閉じてもらうっていう話は?」
「それはいまから調べる」
デボラが海老の小山の前で魔術的走査を始めたタイミングで、チェックのズボンの少年が誰かの家の壁を突き抜けて目の前にふわっと駆け寄ってきた。大海老のコーナーだ。
「見つけたのかい」
「うん、来ているよ」
幽霊の少年が上方を指さし、その先を狼と見上げる。
「目が光ってるデカい海老が飛んでる?」
「デカいな」
ちょっとした自動車くらいの大きさの海老が飛んでいた。
大量の海老も気持ち悪いが、巨大な海老もパーツが多くて気持ち悪い。どうしたものかと眺めていると目が合った。と思う。
「おお、儂の穴を塞ごうというのか」
目が光る。儂の穴とか言っているし、彼が無限海老地獄直通ポータルをここに開けたので違いないようだ。話は早いが、早すぎて既に敵対している。
「なぜここに穴を開けやがった」
もう取り繕っても仕方がないからか狼も喧嘩腰である。
「理由などあるものか、儂は大海老、奇大胡比古、魔境に堕ちたりとも神霊である」
「しょうもない神ばかりだな日本は」
三番は独り言ちて、背中に回していた小銃を手早く構える。今日はちゃんと近衛兵隊の装備としてのアサルトライフルで、M16風の見かけだが魔界の改造魔改造が施されているのは言うまでもない。
「上からおりてこないなら、わたしがやる」
「俺がやる。先にポータルを鎮めろ」
「了解」
手短に打ち合わせてそれぞれ動き始めるふたりをぼんやり見守っていると、「お前も何か役に立て」と雑な指示をもらったのでとりあえず飛んでみる。
海老と高度を合わせるのには苦はなく、自前の羽で上昇すると謎の法則で浮かぶ車ほどの大きさの海老(車っぽい海老)と正対する。海老の正面に立つ経験があまりないので、触覚や腕のあまりの刺々しさにめまいがする。相手も私を真正面で見ているのか否かについては正直よくわからなかった。
「歯向かうと?」海老が問うてきた。
「そうですね、あんたが引かないなら」特に思い入れも覚悟とかもないが返した。
聞き届けた海老は目を電のごとく光らせ、さすがに眩んだ私へ素早く飛びかかってきた。
「矢より疾い、風より疾い、思うより」
でたらめに落ちるように回避すると、当然海老も追ってくる。靡く海老のヒゲが肌に触れると鋭く切れた。手の甲から血が流れる。車みたいな大きさと見た目に刺々しいものだから当然避けているが、見積以上の殺傷能力があるのかもしれない。
それで、ここから私はどうしたらいいっていうんだ。
「射程まで降ろしてくれ」
特に思い入れも覚悟もない風情で顔に小銃を押し当てた狼が言ってくる。
「射程ってどこ」
「もっと近く」
雑な指示のもと一旦急降下し、さすがに大海老は筒抜けの相談には乗らず追ってこないと確認し、急上昇で海老の上をとる。背ワタを抜いてやろう。
「『核熱』、pure fusion」
権能の利用を宣言するばかりの詠唱、きれいな爆発、指先のほんの少し、垂れた血の分だけの超・物理反応によって海老は背を砕かれ地へ堕ちていく。微妙なところだ、もっと威力を上げれば三番の家も藁のように吹き飛ぶし、神を自称する海老がこの程度で力尽きるとは思えない。
落下する海老を置きエイムしていた狼が引き金を引き、まず一発目で海老が宙を舞う。打ちあがった腹に向かって三発。脳天の海老味噌を貫く二発。再び地に落ちた海老に向かって全弾掃射。
「えぐ」
「水爆の方がエグいだろ」
海老の焼ける香ばしい香りに包まれるなか、当の大海老がぴくりと動く。まだ動くとはさすがに神を自称するだけある。
「生贄を、娘を」
狼がリロードしている間に、海老はその鋭い剣のようなヒゲをデボラに伸ばしていた。
「おわー、デボラを人質にしようというのかー」
呼びかけるも特に止まらず、狼が若干焦りながら銃のストックで海老の身体をぶん殴ってみているが、無傷な部分の殻はびくともしない。ストックには魔界の改造魔改造は施されていないようである。
「デボラは今ポータルを閉じる術式の対応で動けないから、今結構良くない状況」
「ご説明どうも」
彼は言いながらさっき鈍器として使ったM16を構えなおして何か設定をいじり、至近距離からの発砲を再開する。魔改造の成果なのか固い殻が吹き飛んで身が抉れ、おいしそうな破片が散らばっているが致命には至らぬようである。そもそも味噌を吹き飛ばしていたのにこう動けるのは、さながらゲームのキャラクターのように絶命の寸前まで最高のパフォーマンスで活動できると推測してもよい。
デボラが海老の腹の脚とかが色々混雑しているところに抱き込まれて「きゅう」と呻いたところで海老も狼も一旦行動を停止した。
「攻撃すればこの娘も無事ではないぞ」
言いそうだなと思っていることを言われる。どうするつもりか、クロスに小声で相談する。筒抜けだと思うが。
「海老に有効で魔女に無効の弾プラグインを使う」
「あんの、そんなピンポイントな弾が」
「いや普通に魔女無効なら抜けると思うんだが、使用頻度的に、ちょっと、検索手間取ってて」
「めっちゃポーチのR1連打してるってこと?」
「モンハンはやったことないから知らん」
私もボウガンは使わないから知らない。ポーチを漁る操作は忘れたがそういう時に限ってLの方が早かったという記憶ならある。
その間に海老がヒゲを靡かせ、闇色の球をつくり、異常ぶりにさすがに私たちも回避行動をとる。放たれた球は前進しながら周囲の構造物、道やら壁やら水路の海老やらを巻き上げ吸い上げ収縮する。
「重力?空間魔法?」
そんなものが使えるなら最初からエビフライ突進ではなく普通に使いそうなので、デボラを生贄として早速その魔法を使っている。クロスが弾ポーチを整頓していないからだ。
「クロスさん、はよせんか」
「んん、生贄と接続した時の神霊だから、再計算が」
怠いことを言っている。
私は路地に転がるバナナの皮などを眺めつつ、呻いているが苦しいのか何なのかいまいちピンとこない様子のデボラに確認をとってみる。
「デボラ、ゴムアレルギーってことは、ラテックス・フルーツアレルギー?」
「はい」
「バナナは?」
「食べられない」
私は路地に転がるバナナの皮を取得して海老に投げた。車みたいな海老が少女を抱き込んでいるのだから、投げたら大体海老の方に当たる。
「うぐぅ!」
思ったよりも効いている声が出てきた。
「よろしい。その同期しているラテックス・フルーツアレルギーの魔女を解放しないと次々にバナナが降り積もるだろう」
実のところ、自分の冷蔵庫のバナナは4本くらいだ。どこからバナナを調達するのか、そんなことはどうでもいい、私は悪魔なのだから。上着のポケットからハンカチを取り出して、
「さ、今からお前はテーブルクロス。食卓の準備をせよ。バナナの宴の準備をせよ」
アラカザム。クロスからバナナが現れ、現れたら投げつける。バナナを取り出しては投げつける。
「このような、このような馬鹿げた真似を!」
「馬鹿げてるのは無限海老地獄だこのエビフライが!」
バナナをボコボコ投げている間に狼の方の準備が整ったようで、悠々と狙いをつけてから発砲。海老の頭、いや光る目を打ち抜く。
「カッ……」
「光ってるところが弱点か。ゼルダ?」
「やったことないから」
さらに二発。もう片方の目。大海老は目から光を失い、沈黙した。
「やったか?」
「神ってしぶといからな」
ふたりして一応遠巻きに見守っていると、海老は垂直に飛び上がり、また稲妻のような光を残して飛び去ってしまった。
「ああ……逃げられてしまった」
「狼隊の、手際がわるいこと」
肩を回してため息をつくデボラをクロスが睨む。実際手際が悪くて海老に魔女質を取られたのだからあんたは睨むな。
「ポータルは」
「閉じた」
だったら大体の話は終わりだ。手負いの海老もすぐには戻ってこないだろうし、カラビネーロもこれ以上にはならない。これ以上には。
「この用水路を埋め尽くしている海老は」
「知らない」
「知らない」
狼は顔を覆って天を仰いだが、そこにはもう海老も神もいないのだ。
アピキウスを自称する食事と日々の記録 紫魚 @murasakisakanatsuki
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