8

 まもなくして、警官が一人、職員室に入ってきた。

「みなさん、一旦ご自分の席に着席して下さい」

 教頭がそう呼びかけると、教職員達は渋々指示に従い、静かになった。教頭は警官の元に駆け寄った。警官の説明を聞くと、両手で頭を抱えはじめた。その様子を見た教職員達は明らかに動揺の色を見せ、再びざわめきだした。

「職員の皆様方にも同じ説明を、お願いします」

 教頭は途切れそうな声で警官に依頼すると、自身の席に着席した。警官はスクリーンの場所に立ち、声を張り上げた。

「先ほど、この学校から県庁のコンピュータに対して、一斉に攻撃が仕掛けられました。それによって県庁の教職員向けサーバのデータが完全に破壊されました。いわゆるサイバーテロです。この行為を主導したのは、おそらく、先ほどまで、先生方にパソコンの操作説明を行っていた偽の講師達によるものと思われます」

「サイバーテロ?」

「偽の講師?」

「本来の講師の方々は、つい先ほど、この職員室を出てすぐの階段を一階まで降りたところにある備品庫で縛られたまま、発見されました。警察では……」

「一斉に攻撃って……」

「そういえば、講師がさっき、保存ボタンを一斉に押して下さいって言ったけど」

「そうだきっと……」

「一斉に保存ボタンって言ってた言ってた!」

 教職員達のざわめき声で警官の説明が聞き取りにくくなった。

「みなさん、落ーちー着いて下さーい!」

 教頭が声を裏返らせて叫んだ。誰もが聞いたことのないその声色によって職員室は再び静まり返った。

「おいおい、しっかりしてくれよ……」

 長谷川は教頭の様子に呆れながら貧乏揺すりを始めた。

「はい。皆様方が一斉に保存ボタンを押した、ということですが、それは恐らく保存ボタンではありません。彼らが先生方のパソコンに仕組んだ、攻撃用のボタンです」

「あわわわ……」

 教頭が机の上でまた両手で頭を抱え込んだ。長谷川の貧乏揺すりが速まった。

「バカ野郎!」

 長谷川は立ち上がって叫んでいた。

「俺はな! 何度もあいつらに質問したんだよ。これは一体何のための操作なんだって。保存ボタンを一斉に押して下さいって言われた時、誰かそれがなんでなのか、ちゃんと聞いたのか? 誰も聞かなかったんじゃないのか! 誰も疑問に思わなかったのか!」

 職員室は静まり返った。その内の数人はうなだれた。

「……長谷川先生は、何のための操作かってご質問なさったんですか?」

 教頭が呆然としながら問いかけた。

「もちろんですよ。何度もききましたよ」

 教頭は口を半開きのまま、無言で何度もうなずいていた。

「で、一斉に保存ボタンを押せって言われた時にですね。長谷川先生が、何のための操作なのかってお聞きになった時、それで、なんて答えが返ってきたんですか?」

 若い男性の体育教師がよく通る声で教頭の代わりに問いかけた。

「うっ……」

 長谷川はその答えをすぐに思い出したが、口に出すことをためらった。

「何て答えだったんですか?」

 張り詰めた体育教師の声が響き渡った。

「……」

「あの、何か覚えていらっしゃらないですか?」

 遠慮気味に問いかけたのは警官だった。

「……やってみれば……わかるって……」

 長谷川は小さな声で俯きながら答えた。

「そういう時だって、あるよな……」

 座り込みながら、誰にも聞こえないように長谷川はそっとつぶやいた。

「本当に、申し訳ありませんでした」

 教頭がまっすぐ立ち上がり、警官に一礼した。

 十分静まっていたと思っていた職員室はさらに静まった。

「バイバーイ」

 生徒の声が職員室の外から聞こえてきた。

(了)

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