ラジオ深夜便でモーツァルトの曲を特集していて、その中で「恋人か女房があれば」という歌が流れていました。
歌は、パパゲーノという庶民的な中年男性が「恋人か奥さんがいたらいいな、一緒に温かく暮らしたいー」みたいな夢を歌っているというもので、ラジオでの解説もほぼ同じ内容でした。
パパゲーノがこのような夢を語る様子は、現代の日本ではちょっと「えっ?」てなってしまいかねない、思っていても大の男としてはなかなか表立っては言いづらいなーと、解説を聞きながらふと思いました。
しかし、このような歌がモーツァルトのオペラとして現代まで残っているということは、本来はその夢を語ること自体は自然で、それが自然ではないとされかねない現代こそが異常ではないのか? という疑問が沸いてきました。