青空の彼方まで、届け

戸田 猫丸

青空の彼方まで、届け


 朝、教室に入る瞬間も。

 授業終わりのチャイムが鳴った時も。

 お弁当食べる時に、席を移動する時間も。

 部活が終わって、校門を出た後も。


 いつからだろう。ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、気になるようになった。

  小山こやま のぞむくん。

 サラサラの黒髪に、いたずらっぽい笑った顔。細身なのに握力が50あって、運動神経もいい。『ちびパンダ』のグッズが好きで、ちょっと可愛いとこも……。


夢愛ゆあ、一緒に中庭で食べる?」

「うんっ!」


 5月の爽やかな風の匂いがしたと思ったら、望くんが私の肩を叩いた。

 そんなふうに前までは、望くんとは普通に友達だった。気軽に話せた。

 だけどいつの間にか、その感覚が、どうしても思い出せなくなった。


 会話が続かない。接し方を忘れてしまった。思うように話せないでいると、望くんは他の人のところへ話しに行ってしまう。


 好きになるって、残酷なことなんだね。

 

 好かれたいあまり、嫌われたくないあまり、思うように話せない。ちょっとした態度が気になる。

 あのいたずらっぽい笑顔を見せてくれるだけで、嬉しくてホッとしてしまう。

 LINEの返信がなくてスタンプマークだけで終わってた時とか、うざがられたのかな、なんて思ってしまう。

 そうこうしてるうちに、距離ができて疎遠になって――。

 お互い何も、話さなくなってしまった。


 

 そんな1年前を思い出した、中三の夏休み明け。

 もう、あの時のような思いをすることもない。

 もう、望くんの態度ひとつで嬉しくなったり、つらくなったりすることもない。

 望くんの机には、桃色の花が入った花瓶が置いてある。


 あのいたずらっぽい笑った顔も、もう見れない。

 「夢愛ゆあ」って名前で呼んでくれることも、もうない。

 LINEを送った瞬間に既読がついて、「何て返事来るかな」なんてドキドキしながら、待つこともない。


 一言も「好き」って、言えなかったまま。

 望くんは、春休みの旅行中に事故にあって、この世界からいなくなった。


 私は進路指導室で、将来のことを考えながら思った。

 望くんのいない進路なんて、何の価値もない。

 でもいつかは望くんへの想いも忘れて、他の誰かを好きになって、他の誰かと結婚するのかな。

 

 爽やかな風の匂いがする。

 遠く青い空の向こうが、まるで別世界のように見えた。

 あの空の向こうに、望くんがいるのかな。

 本当に遠い遠いところへ、行っちゃったんだね。


 既読がつくはずのない望くんとのLINEに、私は「ずっと好きでした」と送信した。

 青く青く澄んだ、空の向こうを見ながら――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

青空の彼方まで、届け 戸田 猫丸 @nekonekoneko777

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画